第6話(#24)
文字数 2,048文字
「〈
スズミさんは服屋さんの窓に張られたお祭りの広告を眺めていた。
「スズミさん、よく行くの?」
「うん。去年はあきちゃんやキヨコちゃんとね。楽しかったなあ……。三人で流れ星に願いを込めてたっけ」
スズミさんの目は広告に向けられていたが、その瞳はどこか昔を懐かしんでいるようだった。
奈田地区は八百から内陸にバスで一時間ほど走った山奥にある農村である。 “日本の原風景” のような緑が残る場所で、街灯が少なく空気も澄んでいる。
だが、裏を返せば八百以上に寂びれた田舎だ。
僕は奈田に一度も行ったことがない。僕がぼっちで行く機会が無いのも理由だけど、それ以上に奈田は僕ら八百の中学生にとって縁もゆかりもない地域なのだ。
しかし、そんな村でも夏は賑やかになる。スズミさんによれば夏は澄んだ夜空に満天の星が広がり、観る者の心を圧倒する。村を上げての年に一度の大イベントらしい。
一方、ぼっちだった僕にはどこか遠い話のように聞こえた。
「今年はどうするの?」
「あきちゃんたちと行けないし、やめようかな……。最後の思い出になると思ったんだけど」
――最後の思い出
彼女の一言がスズミさんと過ごせる時間が、あまり残されていないことを僕に意識させた。
スズミさんと出会って一か月が経とうとしているが、僕の彼女に対する思いは明らかに変化していた。言葉では表せないけど、良い方向に。
不器用な僕だけど、やってみる価値はある。僕の脳はそう判断した。
「スズミさん、行こうよ。〈奈田の星祭り〉」
「え?」
顔を上げたスズミさんはきょとんとした目を僕に向けていた。
「いいの?」
「うん……。一緒に行こう」
理由は口に出せなかったけど、僕の言葉にスズミさんの表情に光が差し込んでいくのが視認できた。
「ありがとう……セイヤくん」
スズミさんから自然と出た発言に、僕の顔はふっと熱くなった。
今僕、すごいこと言った……? まずくね?
だけど目の前にいるスズミさんは柔らかく微笑んでいた。多分まずいことではないのだろう。
僕は思わず後頭部を掻いていた。
***
スズミさんが僕の家で過ごすようになって三日が経った。両親は驚きこそしていたが、事情を話すと快く受け入れてくれた。
初めの三日間は何事もなく、穏やかに過ぎていった。することといっても特になく宿題とか、ゲームとか、朝夕に散歩とか――
今日はゆっくりと商店街の周りを歩いていた。快活なスズミさんには悪いと思ったけど、彼女は彼女なりに楽しんでくれているようで、よかった。
まあ、スズミさんに自分からお祭りに行こうと提案したことがなぜか恥ずかしいんだけど。
気温が上がる前に家に戻る。家では残っている夏休みの宿題を進める。ここ二日そんな感じだった。
誰もいないときは玄関に鍵をかけるが、勝手口は開けてある。おじいちゃんがたまに出入りするからだ。
勝手口に回り内側から玄関の施錠を外し、宿題を進めるため僕の部屋に向かう。
だが様子がおかしかった。いつも閉めているはずのドアが開いていたのだ。僕以外で入りそうなのはお母さんくらいだし、ドアの直線上にある窓は開いていない。
だけど、部屋の中に入ると……
「あっ! 箱がなくなってる!」
スズミさんが声を上げた。
僕の机は鍵が付いた引き出しだけ開けられていた。中には……何もなかった。
「え……どうして」
ここには人魚の箱が入れられていたはず。一応僕は毎晩確認していて、昨日も箱があるのを確認している。
なんで……開けられてるの? 誰かが持ち出したのか?
「ねえ、スズミさん。今日、僕の部屋に入ってないよね」
驚いた顔を向けるスズミさん。
僕とスズミさんは別の部屋で寝ていた。
「入ってないよ?」
「だよねえ。ごめん」
じゃあ、いったい誰が箱を……。
一応家じゅうをくまなく探したが、どこにもなかった。家族にも人魚のことは伏せつつ聞いたが、そんな箱見たことないと話していた。
夜。
僕は卯花山側の軒先に腰を掛けてスイカをほおばっていた。涼しい風とスイカの冷たさに包まれるが、僕のもやもやまでは癒してくれなかった。
「誰が持ち出したんだ……」
独り言が漏れる。
家の誰も僕の部屋に入っていない。箱を持ち出せないのだとすれば……誰かが家に侵入したのか?
まさか、勝手口から……。あそこならいつも開いてるし……。
――!?
いきなり、頭上をさすような視線を感じた。
反射的に夜空を見上げる。
誰もいない。
ズボンのポケットに入っていた、スマホがピンポンと鳴る。SENNに通知が来ているようだ。
画面を確認する。
光を放つ画面に浮き出た名前を見て、僕は心臓が止まりそうになった。
あなたが……どうして!?