第11話(#29)
文字数 3,295文字
――待ってよ!
いきなり走り出したセイヤくんを追いかけようとしたときには、すでに彼はいなくなっていた。
「いきなり何なのよ……」
私は独り言を漏らす。せっかくいい雰囲気だったのに……。
とりあえず、電話しなきゃ。
スマホを取り出して、セイヤくんに電話をかける。しかし、一向に彼が出る気配はなかった。
いったいどこ行ったんだろう。
とりあえず私は屋台が並ぶ広場に戻った。すでにお祭りは終わりが近づいていて残り品は少なくなっている。
お客さんは
「ったく、どこにいるのよお……」
こぼれる独り言に、焦燥感が生まれ始める。
しかし、どこを捜しても彼は見つからなかった。道行く人や屋台のスタッフにセイヤくんのことを聞いて回るが、みな首を横に振っていた。
会場を隅から隅まで捜しまわったが彼の手掛かりひとつつかめなかった。
――はあ……
ため息をついて、私は駐車場のベンチに座り込んだ。
もう……どうして……?
どこを捜しても見つからないセイヤくんが心配になるのはもちろんだが、それ以上にいきなり闇の中に消えていった彼の行動が不思議でならなかった。
直前まで、彼に特段変わったところはないのに……。
いろんなことを考えていると、足音が聞こえてくる。
――スズミちゃん
小さなささやく声に私は顔を上げた。
目の前に立っている私と同じくらいの背の女の子が二人――あきちゃんとキヨコちゃんだ。二人とも、何か言いたげな様子だが聞き入れる余地はなかった。
「……何?」
私の声は暗かった。セイヤくんのこともあるけど、何よりも目の前に私から離れていった二人が目の前にいた。
私は口角を下げていた。このまま引っ越して思い出の彼方に消し去りたい。だけど、なぜかやりきれない思いが心から湧き上がろうとしていた。
顔を俯けたまま、二人の反応をうかがった。
何の……用なの?
「……ごめん、スズミちゃん」
キヨコちゃんの口から出た言葉。
私は顔を見上げた。
キヨコちゃんもあきちゃんも顔に涙を浮かべていた。
「……」
私には信じられなかった。どうして、謝るの?
「なんなの」
「あたしたち、スズミちゃんを裏切っちゃったから……ごめん」
今度はあきちゃんから放たれる。私はただ目の前の二人を見るだけだった。
……遅いよ。
「……どうして、今になって謝るの?」
小さな声で尋ねる。
「……ゆかちゃんがね、停部処分になったの」
「え……?」
衝撃が私を襲い、思わず後ずさる。
私にとって信じられない事実だった。
「なんで」
「ゆかちゃん、バレー部員の女の子をケガさせちゃったのよ」
「!?」
あきちゃんによれば、一週間前の部活の時間中、アタックの練習をしているときにブロックしていた女の子の顔面にボールを直撃させてしまったという。さらに床に後頭部を打ってしまったらしく、一時意識を失っていた。
現在もその子は入院しているらしい。
当然部活は大騒動になった。ゆかちゃんの両親も呼び出され、先生や入院している子の両親に頭を下げた。
だが、当のゆかちゃんは初めこそ戸惑っていたがそのうち開き直ったのか、
――あの子が弱いのよ。あの子が。やっぱりスズミがいないとだめだわ
まるで自分は悪くないというかのような言動。その後も何事もなかったかのように部活に参加していた。
しかし、顧問の先生はその発言を問題視し他の部員と協議の結果、彼女を当分の間停部としたらしい。
「それで最近は部活に来てないの」
あきちゃんの言葉に私は純粋な疑問を投げかけた。
「でも……それと謝罪が何の関係があるの?」
「……あたしたち、スズミちゃんにひどいことしてたから……」
あきちゃんは顔を下に向けた。
その続きを話すように、キヨコちゃんが口角を上げ、口を開いた。
「ゆかちゃんがいたから……謝れなかったんだ。ごめんなさい!」
頭を下げている二人。
あきちゃんたちが離れたのはゆかちゃんから口添えされていたから。女王様の様なゆかちゃんに反抗できないとはいえ、自分たちが私を裏切ったことを後悔していたのだ。
私も顔を俯けてしまった。
いろんな思いが駆け巡る。私はもうすぐ転校してしまうから、二人は離れてしまってもいいと考えていた。だけど、それは逃げているだけだ。自分の気持ちに嘘をついているだけだ。本当は――
私も心に決めた。
「……大丈夫。私こそ、さっき冷たくしてごめん」
あきちゃんたちは顔を上げた。目をぱちくりして、きょとんとしている。
「また、一緒に遊ぼうよ」
「……いいの?」
「うん!」
私はとびきりの笑顔で応えた。
一緒に過ごせる時間は限られているけど、大切なものを取り戻せた気がした。
しかし、今はセイヤくんを捜さないと。とりあえず私は二人にセイヤくんを見かけなかったか尋ねた。
「……川のほうに走ってったよ?」
あきちゃんは暗闇にうっすらと映る山に顔を向けていた。鈴虫の鳴き声に交じって、川のせせらぎが聞こえる。
「どんな様子だった?」
「暗くてよく見えなかったけど、スマホを怖い顔で見ながら走ってたよ」
怖かったよね、とあきちゃんとキヨコちゃんは顔を見合わせている。
スマホを見ていた――セイヤくんが消える直前、スマホを眺めて顔色が豹変していた。
「……ありがとう。あきちゃん、キヨコちゃん」
「待って!」
私は急ごうとすると、あきちゃんが呼び止めた。
「ねえスズミちゃん、その……
「え?」
「……」
あきちゃんは押し黙ってしまった。まずいことを聞いたと思っているのだろうか。
「ただの友達だけど?」
「え?」
「セイヤくん、普通にいい子だよ? ゆかちゃんたちにいじめられていたから変に見えるかもしれないけど」
「そうなんだ……」
「まあ喋ってみたらわかるって。じゃあ、これで」
私は河原に向かった。その様子を二人はどう見ていたんだろうか。
***
河原に辿り着く。セイヤくんはここに来たというが、ここからどこに向かったんだろう……。
念のため私は電話を掛けたり、SENNに通知を入れたりして彼を捜す。しかし、反応はない。
――やっぱり、ここにはいないのかな
誰かに連れ去られたのか……? そうなれば――
夜風が吹き抜けると同時に、全身が震えあがった。
――いや、冷静になろう
もう一度電話を掛けながら、河原近くの草原を歩く。反応はないが――
ピピピ
どこからか、電子的な音が聞こえる。音は私が近づくにつれ、大きくなる。
私の足元に明滅しながら音を出す誰かのスマホが落ちていた。それを拾い、画面を確認する。
「これ……」
【
通話履歴に並ぶ私の名前や、既読になっていないSENN。紛れもなく、セイヤくんのスマホだった。
彼はここでスマホを落としてしまったのだ。
セイヤくんは最後にスマホを見ていた。通話履歴やSENNをもう一度確認すると、[
「チカさんがセイヤくんを……?」
思わず声を上げてしまった。それくらい、驚いていた。だけど、チカさんの行動を考えれば、セイヤくんが目的だったことは想像できたはず。
一瞬悔しがるけど、こうしちゃいられない。今はセイヤくんとチカさんがどこにいるか考えないと。
チカさんの行動を思い出す。お祭りの直前、彼女は何をしていた? あの夜、海で彼女はなんて言っていた? 窓越しに見えた彼女は、どこに行った?
そして私は一つの答えに辿り着いた。
卯花山だ。