第3話(#33)[最終回]

文字数 1,448文字

 そして十年の時が流れた。八百の町は相変わらずの田舎だがあの時と変わらぬ風景が、そこにはあった。
 今日は壮大な夏物語の終わりから丸十年目。今日は偶然休日で、仕事はお休みだ。僕は朝から浮き立っていた。

「セイヤ、今日はうきうきしておるのう。どうしたんじゃ」

 朝食をとっているとおじいちゃんが部屋から出てきた。おじいちゃん、百近いのに今も現役バリバリで神社の仕事をこなしていた。やっぱり、おじいちゃんもチカさんの血を引いているから……いや、ビクニさまのご加護のおかげだろう。

「いや、スズミさんが帰ってくるんだよ」
「おう、おまえさんにできた人生初めての女の子の友達かの?」
「そうそう」
「楽しみじゃのう。でも、たまに会ってたんじゃろ?」
「まあね」

 十年経ち、スズミさんは隣の県で働いていた。
 あれからもメールやSNSでたまにスズミさんと近況報告はしている。たまに遊びに行くこともあった。
 もちろん、十年後の約束の確認のためでもあるんだけど。

 朝食が済み、僕はスズミさんと連絡を取ると、最寄りの駅まで迎えに行った。

 駅のロータリーに車を停めると、改札から彼女は現れた。

「セイヤくん!」

 茶色いワンピースとショールに衣服に身を包んだ、黒髪を肩まで伸ばした女性が僕の車を見かけると走ってきた。
 中学の時よりもさらに大人になり、美しくなった彼女に磁石のように顔が吸い寄せられていた。
 でも、すぐに理性で現実に引き戻す。

「スズミさん! 久しぶり!」
「ごめんね、待たせた?」
「大丈夫。とりあえず、神社に行こうよ」
「オッケー! 浮気してないよね」
「してないよ!!」

 いたずらっぽく笑うスズミさんに、僕は顔の中が爆発した。でも、ちょっとでも僕とスズミさんの関係も前進させていきたい。

 車の中で近況を語り合いながらいったん僕の家に向かう。そして、卯花山に足を進めた。
 卯花山は最近登山道が整備され、散歩コースとして人気がある。スズミさんは登山に似合わぬ服装だけど、歩く分には問題ない。
 そして、洞窟の前。

「さあついた! ここも十年ぶりだね」

 スズミさんは卯花神社に初めて訪れた時のように、あたりを見回して昔を懐かしんでいた。

「うん」

 あの時と同じく、洞窟の前に白椿が供えられている。実はこの白椿、僕とスズミさんが初めて見た時と同じものが供えられていた。僕はたまに洞窟に来ていたのだが、これは誰も替えていないというのに枯れていないのだ。

「チカさん、来てくれるかな」
「きっと来るよ。椿枯れてないし」
「そうだね」

 周りには誰もいないけど、誰かの気配は感じていた。これまで洞窟前で気配を感じたことはあったが、それも十年ぶりだ。

 茂みをかき分けて誰かがこっちに近づく。足音が大きくなるにつれ、僕とスズミさんの心も軽やかに跳ねていた。

 そして、

――ふたりとも、おひさー!

 僕とスズミさんは振り返った。あの時と変わらない姿で、あの人はいた。凛とした、優しそうな笑顔で。

――チカさん!!

 僕たちの足は自然と走り出した。手を広げて待つ彼女に。
 そして再会した。居場所を失った僕らに居場所を与えてくれた、恩人に。


 あの壮大な夏から始まった物語は僕を大きく変え、確実に僕の記憶に刻まれた。
 ありがとう、スズミさん、チカさん。

 そして、グッバイ、マイサマー。

    (『グッバイ、マイサマー』 END)
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登場人物紹介

卯花清弥

 セイヤ。物語の主人公。いじめられっ子のヘタレで、ぼっちでコミュ障。実家は人魚伝説で有名な卯花神社を経営している。

風馬鈴美

 スズミ。物語のヒロイン。健気で明るいセイヤの同級生。ある事情で人魚伝説を調べており、セイヤとともに行動することになる。

尼ケ瀬千夏

    チカ。卯花神社でセイヤたちが出会ったお姉さん。八百出身で、県外の大学に通っているらしい。

 (第1章からの登場です)

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