第20話 貧乳と地蕎麦と調査と
文字数 3,810文字
膨大な比良坂PCの画面表示のストリーミング画像と、PC付属のWEBカメラがとらえた画像を、週末に寮の自室で早送りしながら見ていた。他人の仕事ぶりなどに興味は無いが、妙な動作を見逃すわけにもいかない。
比良坂は、あまり機械モノは強くないようで、スマホを弄ることがない。携帯電話を使っている。ネシア語を操るので、通話内容はわからない。
朝食後にランドリーに放り込んでおいた洗濯物を九時頃に回収して干し終え、ベッドで横になった。寝そべったままでもノートPCで比良坂の『冒険ダン吉』的社長生活を見ているのが苦痛になってきた。
防災無線スピーカーから正午のチャイムが鳴る。昼飯作るのが面倒くさい。
「ブチョー、元気してます?」
ノックも無くドアを開け、ズカズカ上がり込んできたケイコがのたまう。
「ベッドで何か不健康な物でも見てるのかと思ったら、ちゃんとお仕事ですか。なにか出ました?」
「面白くも無い他人のツラは、早送りでも見てるのがツラい。ガマン大会だ。これだけでボーナス貰うに値するよ」
「特命だから仕方ないでしょう。ブチョーしか専門家いないんだし。そんなもの、ちゃっちゃと片付けてください」 励ますでもなくズケズケ言う。
「きみも週末はデートでもしてればいいのに」
今日はケイコに絡まれるのがウザく感じられる。
「ブチョー、その発言セクハラです。プライベートの過ごし方まで介入しないでください。それに、最近は誰からもお声がかかりません」
「意外だな。お世辞でなく美人の部類に入ると思うんだが。うちの会社の男どもには見る目がないんだな」
第三者的視点なら間違いないが、見慣れた今となってはお世辞に感じる。
「私をデートに誘って五体満足で帰れた男はいません。この会社といわず」
「きみはそんなに激しいのか?」
背中に爪でも立てるのだろうか? または鯖折りとか?
「部長、誤解を招くセクハラです。みんな、すぐに深い仲になろうとするんです! 初回のデートから。本当にもう、世の中スケベばっかり! 呆れます」
「きみも少し堅すぎないか? 初回からと言うのはちょっと早いが、手を繋ぐとか普通だろう?」
「手どころか、胸ですよ。手を回して触るんです。明らかな痴漢行為です」
外から存在を確認できないAAカップを胸と言っていいのかどうか。
「きみの場合、胸と判らず手が触れたんじゃないか? ささやかな胸にアクシデンタルタッチしたくらいで投げ飛ばされたらたまらんよ。それとも胸があるか確認に来たのかな。そんなだから、美人なのに男に避けられるんだ」
つい、思っていることが口に出る。会話に疲れたのだろうか。
「部長、その発言、全部セクハラです」
「仕方ないな。見合いでもしておくんだな」
「お見合いをするような軟弱男なんか願い下げです」
・・・面倒臭い女。
「ブチョー、今なにか言いました?」
「あ、まあそのうちに、きみにふさわしい男が現れるだろうから、じっくり待つことだ。まだ若いんだし」
合気道の達人が組み伏せてくれるかも知れないし。
「そういうブチョーはどうなんです? このまま寂しい老後決定ですか? 一生、亡くなった彼女の思い出にすがって生きる、気持ち悪い男ヤモメですか?」
粗暴な上に、口も悪い女では、男とデキないのも納得である。
「うるさいな。結婚相談所くらい登録してあるよ。住所でハンデがありすぎて、さっぱりお声がかからないけどね。やっぱり山も持たないイナカ在住の中年では駄目だわ」
実際のところ、ペアリングの案内は全然来ない。
「イナカとはなんですか、埼玉よりよっぽど都会です。どうしても相手がいないのなら、あたしに任せなさい。部長好みでしっかりした奥さんをあてがってあげます」
独身のくせに、仲人を気取るか。その前に自分の嫁入り先を考えないのか。
「きみのお母さんとか言い出さないだろうな。それに、子供生める年齢じゃないとね。ぼくも子供は欲しいし、子供にはぼくが現役中に大学を卒業してほしいし」
「女性に子供産む産まない云々するのはセクハラです。うちの母はお父さんとラブラブで、部長の入り込む余地なんかありません。年齢の方は大丈夫、まだ二十歳台ですよ」
それはありがたいが、中年の嫁になる二十代とは、いろいろ問題がある女ではないか?
「憧れの『犯罪的』歳の差婚か。でも、あまり離れすぎていると、奥さんの年金が出るまで生活がきつくなるかな・・・・。総理大臣の主張する『一億総死ぬまで働け』になりかねない」
「ホントに夢の無いオッサン。楽しい結婚生活を想像できないんですか?」
「そりゃ、少しは夢を見たいよ。このヤマが越えたら紹介してもらうよ」
怪しい縁談だが、無下に断ると後が怖い。一応頼むふりをする。どうせ忘れてしまうだろうし。
「ところで、昼飯食べに行こうと思っていたんだ。一緒に食べないか?」訪問されたので、一応儀礼として聞いておく。食べる物を指図されると鬱陶しいが。
「あら、うれしいです。先日の『不快手当』と考えていいですか? 健康に良い地元の名産、お蕎麦にしません?」
「ああ、蕎麦ね。蕎麦ならいいね」キライでは無いし、指図されるほどのメニューは無いだろう。
ケイコの車で、十分ほど走った国道沿いにある老舗蕎麦店「虎落笛(もがりぶえ)」に行く。
観光コースにも入っているようで、大型バスが数台停まっている。混雑している大広間の座敷席に横並びで座る。対面は知らないおじさんおばさんのカップルである、
「大盛にしようかな」お品書きの、特盛が何合とあるので、無難そうなものを挙げる。
「ここの大盛は食べきれません。せいぜい中盛です」
「じゃ、それに天ぷらセットで」
「天ぷらは蕎麦ツユに入れると油で味を殺す外道です。どうしてもと言うなら、舞茸天ぷらにして、塩を振って食べてください。お蕎麦の香りを楽しみなさい」
回りの人はみんな蕎麦ツユに天ぷらを突っ込んで食べているのだが。ケイコの家のしきたりなのだろうか。あと十年で口うるさいオバサンになりそうだ。
今日のケイコは緑の襟つき半そでシャツに、白のチノパン。職場では半袖作業着も支給されているが、夏場でも灰色の薄い長そで作業シャツを着ているので、普段はブラ着用が外からは判らない。今日は白い二の腕を上げた半袖シャツの大きな袖口から、見るともなしにブラの一部が見えた。AAカップながらブラをしていたのだ。
混雑の割にはあまり待たずに蕎麦が運ばれてきた。なるほど、中盛りと言う名の大盛である。五百グラムあると言う。
「どうです、本場のお蕎麦は?」一口食べたところで、ケイコは自慢げに問いかける。
「う~ん、蕎麦はたしかに良い。香りも、歯ごたえも。ただ、ツユがね。どうにも弱い。ダシが。浅いというか、腰が入っていないというか。イマイチだなぁ」
「ここのツユが一番お蕎麦に合っているんです。東京のツユがダシを煮込み過ぎているんです。あちらは邪道、本家はこちらです」
またまたケイコの郷土愛が始まった。
「蕎麦の栽培が盛んだったということは、やっぱりコメが取れなかったからなんだろうなぁ」あんまりウザかったので、つい余計なことを口走る。こめかみにピキっと青筋を走らせたケイコに脇腹を肘で小突かれた。
「真っ平(たいら)で一面田んぼの埼玉人には、山里の苦労が理解できないからそういうことを言えるんです!」
本当に面倒くさい女・・・・。埼玉だって、全面田んぼじゃ無いんだが・・。
寮に戻った後、なんだかんだ言ってケイコは持ち帰りの宿題にしていた比良坂のPCwebカメラ解析を手伝ってくれた。ケイコ持参の私物ノートパソコンでの処理である。寮の部屋で、ケイコは窓際のデスク。篠崎はローテーブルで。職場ではできない、たわいもない話をしながら夕方まで。
「明日も来ます」
防災無線の五時のチャイムが鳴ると、さっさとノートパソコンを畳んでケイコは立ち上がった。
「いいよ。週末全部潰すことも無いだろう」手伝ってくれるのは有難いが、休日出勤手当も出さずに仕事をさせるのは気が引ける。と言うより、労基法違反じゃないのか? ネシアの情報収集以外でのコンプラ抵触はマズイ。
「遠慮しなくていいです。八月の月次決算が始まるまでにメドつけたいですし。じゃ、また明日」振り返らず、会釈もしないで出ていく。
う~ん、マズイんじゃないの? それだけではなく、ケイコの性格がウザいのと、社内で噂になると困るのもあるのだが。それに『メドつけたい』? まるでケイコが調査主任のような言い方だが。そうそう、仕事やるにしても、クラウドサーバにデータがあるのだから、別に寮で一緒にやらなくてもいいのだ。
「疲れた」
ベッドに倒れ込んで一人ごちた。作業疲れか、ケイコ疲れか。手伝ってもらった手前、このまま寝てしまうのも自分に負けるような気がした。結局二十二時まで早送りで画面操作を見たが、収穫は無かった。
ケイコは翌日の日曜も寮で作業してくれた。メール解析とWEBのアクセス解析で大物を釣り上げ、調査を一気に進展させた。
対する篠崎は、公認不正検査士の名が泣くボウズだった。
比良坂は、あまり機械モノは強くないようで、スマホを弄ることがない。携帯電話を使っている。ネシア語を操るので、通話内容はわからない。
朝食後にランドリーに放り込んでおいた洗濯物を九時頃に回収して干し終え、ベッドで横になった。寝そべったままでもノートPCで比良坂の『冒険ダン吉』的社長生活を見ているのが苦痛になってきた。
防災無線スピーカーから正午のチャイムが鳴る。昼飯作るのが面倒くさい。
「ブチョー、元気してます?」
ノックも無くドアを開け、ズカズカ上がり込んできたケイコがのたまう。
「ベッドで何か不健康な物でも見てるのかと思ったら、ちゃんとお仕事ですか。なにか出ました?」
「面白くも無い他人のツラは、早送りでも見てるのがツラい。ガマン大会だ。これだけでボーナス貰うに値するよ」
「特命だから仕方ないでしょう。ブチョーしか専門家いないんだし。そんなもの、ちゃっちゃと片付けてください」 励ますでもなくズケズケ言う。
「きみも週末はデートでもしてればいいのに」
今日はケイコに絡まれるのがウザく感じられる。
「ブチョー、その発言セクハラです。プライベートの過ごし方まで介入しないでください。それに、最近は誰からもお声がかかりません」
「意外だな。お世辞でなく美人の部類に入ると思うんだが。うちの会社の男どもには見る目がないんだな」
第三者的視点なら間違いないが、見慣れた今となってはお世辞に感じる。
「私をデートに誘って五体満足で帰れた男はいません。この会社といわず」
「きみはそんなに激しいのか?」
背中に爪でも立てるのだろうか? または鯖折りとか?
「部長、誤解を招くセクハラです。みんな、すぐに深い仲になろうとするんです! 初回のデートから。本当にもう、世の中スケベばっかり! 呆れます」
「きみも少し堅すぎないか? 初回からと言うのはちょっと早いが、手を繋ぐとか普通だろう?」
「手どころか、胸ですよ。手を回して触るんです。明らかな痴漢行為です」
外から存在を確認できないAAカップを胸と言っていいのかどうか。
「きみの場合、胸と判らず手が触れたんじゃないか? ささやかな胸にアクシデンタルタッチしたくらいで投げ飛ばされたらたまらんよ。それとも胸があるか確認に来たのかな。そんなだから、美人なのに男に避けられるんだ」
つい、思っていることが口に出る。会話に疲れたのだろうか。
「部長、その発言、全部セクハラです」
「仕方ないな。見合いでもしておくんだな」
「お見合いをするような軟弱男なんか願い下げです」
・・・面倒臭い女。
「ブチョー、今なにか言いました?」
「あ、まあそのうちに、きみにふさわしい男が現れるだろうから、じっくり待つことだ。まだ若いんだし」
合気道の達人が組み伏せてくれるかも知れないし。
「そういうブチョーはどうなんです? このまま寂しい老後決定ですか? 一生、亡くなった彼女の思い出にすがって生きる、気持ち悪い男ヤモメですか?」
粗暴な上に、口も悪い女では、男とデキないのも納得である。
「うるさいな。結婚相談所くらい登録してあるよ。住所でハンデがありすぎて、さっぱりお声がかからないけどね。やっぱり山も持たないイナカ在住の中年では駄目だわ」
実際のところ、ペアリングの案内は全然来ない。
「イナカとはなんですか、埼玉よりよっぽど都会です。どうしても相手がいないのなら、あたしに任せなさい。部長好みでしっかりした奥さんをあてがってあげます」
独身のくせに、仲人を気取るか。その前に自分の嫁入り先を考えないのか。
「きみのお母さんとか言い出さないだろうな。それに、子供生める年齢じゃないとね。ぼくも子供は欲しいし、子供にはぼくが現役中に大学を卒業してほしいし」
「女性に子供産む産まない云々するのはセクハラです。うちの母はお父さんとラブラブで、部長の入り込む余地なんかありません。年齢の方は大丈夫、まだ二十歳台ですよ」
それはありがたいが、中年の嫁になる二十代とは、いろいろ問題がある女ではないか?
「憧れの『犯罪的』歳の差婚か。でも、あまり離れすぎていると、奥さんの年金が出るまで生活がきつくなるかな・・・・。総理大臣の主張する『一億総死ぬまで働け』になりかねない」
「ホントに夢の無いオッサン。楽しい結婚生活を想像できないんですか?」
「そりゃ、少しは夢を見たいよ。このヤマが越えたら紹介してもらうよ」
怪しい縁談だが、無下に断ると後が怖い。一応頼むふりをする。どうせ忘れてしまうだろうし。
「ところで、昼飯食べに行こうと思っていたんだ。一緒に食べないか?」訪問されたので、一応儀礼として聞いておく。食べる物を指図されると鬱陶しいが。
「あら、うれしいです。先日の『不快手当』と考えていいですか? 健康に良い地元の名産、お蕎麦にしません?」
「ああ、蕎麦ね。蕎麦ならいいね」キライでは無いし、指図されるほどのメニューは無いだろう。
ケイコの車で、十分ほど走った国道沿いにある老舗蕎麦店「虎落笛(もがりぶえ)」に行く。
観光コースにも入っているようで、大型バスが数台停まっている。混雑している大広間の座敷席に横並びで座る。対面は知らないおじさんおばさんのカップルである、
「大盛にしようかな」お品書きの、特盛が何合とあるので、無難そうなものを挙げる。
「ここの大盛は食べきれません。せいぜい中盛です」
「じゃ、それに天ぷらセットで」
「天ぷらは蕎麦ツユに入れると油で味を殺す外道です。どうしてもと言うなら、舞茸天ぷらにして、塩を振って食べてください。お蕎麦の香りを楽しみなさい」
回りの人はみんな蕎麦ツユに天ぷらを突っ込んで食べているのだが。ケイコの家のしきたりなのだろうか。あと十年で口うるさいオバサンになりそうだ。
今日のケイコは緑の襟つき半そでシャツに、白のチノパン。職場では半袖作業着も支給されているが、夏場でも灰色の薄い長そで作業シャツを着ているので、普段はブラ着用が外からは判らない。今日は白い二の腕を上げた半袖シャツの大きな袖口から、見るともなしにブラの一部が見えた。AAカップながらブラをしていたのだ。
混雑の割にはあまり待たずに蕎麦が運ばれてきた。なるほど、中盛りと言う名の大盛である。五百グラムあると言う。
「どうです、本場のお蕎麦は?」一口食べたところで、ケイコは自慢げに問いかける。
「う~ん、蕎麦はたしかに良い。香りも、歯ごたえも。ただ、ツユがね。どうにも弱い。ダシが。浅いというか、腰が入っていないというか。イマイチだなぁ」
「ここのツユが一番お蕎麦に合っているんです。東京のツユがダシを煮込み過ぎているんです。あちらは邪道、本家はこちらです」
またまたケイコの郷土愛が始まった。
「蕎麦の栽培が盛んだったということは、やっぱりコメが取れなかったからなんだろうなぁ」あんまりウザかったので、つい余計なことを口走る。こめかみにピキっと青筋を走らせたケイコに脇腹を肘で小突かれた。
「真っ平(たいら)で一面田んぼの埼玉人には、山里の苦労が理解できないからそういうことを言えるんです!」
本当に面倒くさい女・・・・。埼玉だって、全面田んぼじゃ無いんだが・・。
寮に戻った後、なんだかんだ言ってケイコは持ち帰りの宿題にしていた比良坂のPCwebカメラ解析を手伝ってくれた。ケイコ持参の私物ノートパソコンでの処理である。寮の部屋で、ケイコは窓際のデスク。篠崎はローテーブルで。職場ではできない、たわいもない話をしながら夕方まで。
「明日も来ます」
防災無線の五時のチャイムが鳴ると、さっさとノートパソコンを畳んでケイコは立ち上がった。
「いいよ。週末全部潰すことも無いだろう」手伝ってくれるのは有難いが、休日出勤手当も出さずに仕事をさせるのは気が引ける。と言うより、労基法違反じゃないのか? ネシアの情報収集以外でのコンプラ抵触はマズイ。
「遠慮しなくていいです。八月の月次決算が始まるまでにメドつけたいですし。じゃ、また明日」振り返らず、会釈もしないで出ていく。
う~ん、マズイんじゃないの? それだけではなく、ケイコの性格がウザいのと、社内で噂になると困るのもあるのだが。それに『メドつけたい』? まるでケイコが調査主任のような言い方だが。そうそう、仕事やるにしても、クラウドサーバにデータがあるのだから、別に寮で一緒にやらなくてもいいのだ。
「疲れた」
ベッドに倒れ込んで一人ごちた。作業疲れか、ケイコ疲れか。手伝ってもらった手前、このまま寝てしまうのも自分に負けるような気がした。結局二十二時まで早送りで画面操作を見たが、収穫は無かった。
ケイコは翌日の日曜も寮で作業してくれた。メール解析とWEBのアクセス解析で大物を釣り上げ、調査を一気に進展させた。
対する篠崎は、公認不正検査士の名が泣くボウズだった。