第23話 在庫データ解析

文字数 3,693文字

 部内朝礼の後、ケイコとチャットでやりとりしながら、調査を進める。やはりネシアからの輸入、本社からネシアへの代金支払いは無い。
 ネシアに対しては、開業時に運転資金として日本円で五千万円を短期貸付金として送金している。短期なんだから、一年後に返済されるかというと、そんなことも無く、二度契約を更新している。それどころか、今年二月にも八千万円の追加貸付をしている。これはネシア内に出したサービス・販売拠点五か所の展開費用だ。

 前年十二月期には、純益一億円相当を叩き出しているので、本来ならその利益で拠点展開費用を賄えると考えるのが普通である。それを本社からの借入で充当しているのは、期末集中による売上で出した利益なので、代金回収まで資金繰に余裕がないということだろう。ならば、代金が入ったら資金に余裕ができて、最初の五千万円くらい返せないものだろうか?

 などと考えを巡らしている時、手に取っていた英文で書かれた八千万円の『金銭消費貸借契約書(LOAN AGREEMENT)』に、収入印紙が貼付されていないことに気づいた。六万円の印紙が必要だ。契約書を所管する総務部に文句を言った。

 「あれ? 英文だから、不要なんじゃ?」などとふざけことを言う。サインした日に社長が日本に居なければともかく、英文だろうと日本国内で作成した契約書はもれなく印紙税の対象だ。

「おまえら、いままで作った契約書全部見直しておけ! 外国で作ったと証明できれば不要だが、印紙税不納付は三倍返し(本来税額+過怠税二倍)だぞ!」

 警告しておいた。税金がらみと言えば、全部経理の責任だと思われるのが迷惑だ。他所が勝手に契約したものまで責任を持てるかよ。まったく、この忙しい時に・・・・。

 篠崎は、ネシアに八千万円送金処理した時の添付エビデンスのコピーに、『DRAFT(草案)』と印字されていたので、本書には印紙が貼付されると思い込んでいたのだ。本来ならば、貸付稟議が回ってきた段階で、『印紙六万円貼付のこと』と、経理部長が記入すべきである。人のことは言えない。

「明日ネシアに行く連中のために、受注売上・購買在庫システムのデータを集計して、解かる限りの在庫を明らかにしておく必要がある。昨日締めで集めたデータで、ピボットテーブルを作ってくれ」

ケイコにチャット依頼した。

「見ていたんですけど、品名コードの付け方が本社と違う部分があります。同一品名で違うコードつけているものがあります」

 全子会社には、品名コードを本社と統一するように指導している。十年前に作ったブラジルなら、まだ適当にやっていたころの残滓があって、妙な残高報告をしてくることがある。対して、ネシアは二年半前の開業だ。前経理部長が、直々に開業指導に行っている。

・・・・ん? 前経理部長? ・・・

 本社の残高証明に続いて、また心に引っ掛かった。当時会計グループの課長だった篠崎には殆ど相談することも無く、ネシア開業関係の業務指導をしている。契約更新切れでシンメカを去る時も、もっと居たかった、取締役にしてもらえるはずだった、などと泣き言をこぼしていた。

「ダブり品名コードの、使われ方を注意してくれ。片方がダミー用かも知れない。売上および仕入で赤黒を繰り返している品名コードが怪しい」

「了解です。その傾向が見られます」

 しばらくして、ケイコからチラチラと目線を振られていることに気づいた。

「なんだ?」チャットで問う。

「おかしいです。取引先にも同一名称なのに、コードがいくつも取られているものがあります」

「住所は同じか?」

「何とも言えません。住所がブランクになっているものがあります」

 これはちょっと面倒なことになりそうだ。解析も、問題処理も。

「ネシアに実地棚卸に行く連中のために、今日のところは在庫だけ把握してくれ」

「了解です。在庫アドレスといいますが、倉庫コードらしきものがあるんですが、具体的にどこの倉庫かわかりますか?」

 黒須からもらった項目名に、倉庫フィールドは無かった。マスタも取っていない。

「久保田に訊いてみる。ちょっと待ってくれ」

 久保田に依頼して、直接ネシアシステムを探らせた。それと同時に、昨年十二月末の在庫明細を紙ベースで入手しているので、ヒントを探す。一応、名称がローマ字で書かれた一覧があった。

「去年の決算書だと、委託倉庫とネシア本社倉庫だけだな。今年は拠点増やしたから、もっとあるはずだが。とりあえず、コードだけで分類してくれ」

 倉庫名の付け方は千差万別、百社百様である。古いメーカーでは、倉庫コードで『何番倉庫』と言う呼び方をする場合もある。横浜だ福岡だといった場所別を意味したり、同じ建物の中で、一番東京支店良品、二番埼玉支店良品、九十九番返品倉庫、百番不良品倉庫、と分けたり、いい加減な会社なら、一山の製品の中で倉庫番号が違ったりする(同一品番では、シリアルナンバーでも無い限り、区別不能)。こればっかりは、実地に行ってみないとわからない。

 久保田から、取り出し終了の報せが入った。サーバに取りに行く。ケイコにも送る。

「やっぱり良く解かりません。赤残(マイナス残)が出たものがあります」

 う~ん、これはどうしたものか。思わず天を仰ぐ。期末の決算書添付の在庫一覧を見る。
さらにその下に付く、全子会社から毎月EXCELで提出させている在庫年齢(エイジング)資料。監査法人が大好きな、『減損の兆候』の根拠となる資料である。

 在庫月数六カ月以上のものから、一年超、二年超、三年超まで、四段階で金額ベースいくら残っているか表示してある。社内の評価基準に従って(会計士は『押し付けたものでは無い』と言うが、『こんなものでしょう』と、暗に基準を示されている)、古いものは処分可能推定額、というより、一定割合で簿価の評価を切り下げていく。切り下げ分は『評価損』となる。基本的に、『三年超』は売れんでしょ、ゼロ評価ね、となる。

 その評価をするために、シンメカは製品ごとのシリアルナンバー(製造番号)を在庫に記録している。グローバルPSIシステムでは、これをリアルタイムに把握し、足の遅い(売れない)製品の注文が来た場合、新規製造しないで在庫の移動で対応するように(結構な運送費がかかっても、ゼロ評価されるよりマシ)している。

 そもそも、長期在庫は、子会社の社長の販売見込み違いにより発生するもので、長年その対応に苦慮した結果としてのグローバルPSIなのである。顧客のニーズに即応できる在庫と生産の兼ね合いは、製造業永遠の課題である。
製造業のトップに君臨し、涼しい顔に見える天下の大トヨタだって、おそらくはこの問題に未だ呻吟しているのではないだろうか、とは篠崎の予想である。

 で、ネシアのエイジング資料・・・・。すべての在庫は六カ月未満。んな、アホな。
 PSIの入っている子会社(ネシア以外全部)なら、現在の在庫を、製品ごとだろうと在庫月数ごとだろうと、どんな切り口でも表示させ、ドリルダウンするとシリアルナンバーまで表示される。生産年月日と、工場出荷日、FOB(船積み)日付、子会社の検収日。そしてどこの倉庫にあるか。さらに販売日まで。これは保証(ワランティ)の起算日、つまりはシンメカ本社の製品保証引当金の計上根拠となるので、経理としても重要である。

 それが唯一出来ないネシア。まいった・・・・。
ふと思い立ち、チャットを入れる。

「データのどこかのフィールドに、シリアルナンバー入ってないか?」

 黒須からの項目表にはシリアルナンバーは無かった。

「それっぽいのはあるんですが、桁が短すぎます」

 やはり、無いか。

「部長、データの区切り間違えてますよ。シリアルが二列に分かれてます。それに、たまたま区切りの次にゼロが入ると、桁が詰まって短くなっています。私がやり直します。データください。レイアウト表と項目一覧も」

 部下にミスを指摘されてしまった。たしかにケイコの方が正確にやると思う。

「それから、レイアウトの冒頭が会社コードですが、00001のはずが、00002もありますよ。このデータファイル、システムのデータを一つのファイルで管理する方式じゃないですか? レイアウトの区切り修正した後、会社コードで残高分けてみます」

 あれま、全然気づかなかった。マスタを共通で持つ二つの会社をシステムに作ったわけだ。

「できました。データ取り込み手順はマクロ(自動手順)に記録しました。ファイルを二つバックアップ取ったので、一つ使ってください」

 ものの十分で、ケイコが返してきた。相変わらず仕事が早い。

「ごくろうさん。シリアルナンバーも使って、在庫を出してくれ」

 篠崎は、生産管理部の物流グループと、品質保証部に赴き、ここ三年の生産品のシリアルナンバーのデータ提供を依頼した。
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登場人物紹介

地方都市で急成長中の精密機器メーカーの経理部長。

実は特命監査室長

技術憧憬癖があり、無線マニア、飛行機マニア。

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