三十七話 仕組み
文字数 2,002文字
俺は音を立てずに怒りを発散できる場所を探して、自分の太腿を叩いた。
「そのロリコンクソ野郎が都の父親か」
「みたいだな」
「畜生ッ!! 必ず殺してやるッ!!」
「で、直治の方はどうよ」
「見ていたのは父親の夢だそうだ。視力は無い。光を感知できる程度だな。音にはある程度敏感だが、においはもっと敏感だ。あいつ、基本は『犬』のにおいを辿ってる」
「犬?」
「ジャスミンが馬鹿みたいに風呂好きだろ。幼い頃の都は頻繁に風呂に入れてたらしい。視力を失った時に嗅いでいたのが、都の香水と、丁寧に洗われていたジャスミンの毛皮のにおいだ。ジャスミンを辿ればいつか館に辿り着くと思ってるらしい」
「成程、それで犬の居る家に押し掛けては都のこと聞いて回ってんのか」
「ただの人間にそんなこと可能なのか?」
「あいつは人間じゃない」
「というと?」
「都があいつを中途半端な形で人じゃない存在にしたんだ」
直治は熱を逃すように短く息を吐いた。
「母親を殺されて、首を絞められながら犯されかけて、都は親友のジャスミンに助けを求めた」
紙芝居でもするかのように、直治が語り始める。
「ジャスミンは都が最も幸せになれる形を選ぼうとした。都は、父親が未来永劫苦しむことを望んだ。それが、目が見えないまま身体が老いていくのに死ねない、という形になった。都はジャスミンが作った世界の中に居る限り安全だ。ジャスミンはこう考えた。もし、都を危険な『外』の世界に出してしまうくらいなら、誰かに傷付けられる前に、自分の手で都を殺してしまおうと」
「独り善がりだなァ、まあ、ジャスミンの選択が常に最善ってわけじゃないんだけどよ」
「だな。都が父親を恨んでいる限り、父親は消えないんだよ。双方復讐を成し遂げないと終われない」
「だから招き入れるのか、雅を身代わりにしてでも殺すために」
「『十五歳』というのは、都と父親の間でよく使われた言葉だそうだ。当時の都はよくわかっていなかったが、父親は相当拘っていたみたいだな。だから雅にも『十五歳の誕生日』というキーワードを使ったんだろう」
「お互いに殺し合いの合図なわけだ」
「都の恐怖を煽るためかしらんが、『雅ちゃん十五歳の誕生日』と歌いながら道を歩いてることもある」
「あー、キレそう」
「もうキレてんだろ・・・」
「ゆっくり都に近付いて来ている以外は、そこらで野宿してる乞食の汚いジジイだよ」
「探し出して殺さねえ?」
「それができないから苦労してるんだろ・・・」
「・・・やれやれ、おうちにお招きして、気持ち悪い勘違いおじさんに、正義の鉄槌くだしてやりますか」
「ロリコンは殺してもいいからな」
「異議なし」
かちゃかちゃ。
「よう、馬鹿犬」
ジャスミンは拗ねたように淳蔵を見つめた。
「あーあ、お前は良いよな、都と同衾できて」
「んっ?」
直治が反応して、やばい、という顔をした。
「おい、まさか・・・」
「直治ってじわじわ死にたいタイプ? 一気にやってほしいタイプ?」
直治は両手で顔を覆って俯く。
「むっつりすけべ!」
「変態!」
「ばーか!」
ぺた、ぺた、と足音がする。素足の都がゆっくり歩いてきた。
「うーん、まだ眠い・・・」
「おはよう。痛みはどう?」
「楽になったよ。直治から聞いた?」
「全部聞いたよ」
「直治、ごめんね。要領を得ない説明ばっかりで・・・」
直治は恥ずかしくて喋れないのか、苦しそうな表情で手を振った。
「ん?」
「ちょっと音楽性の違いでボコボコにしただけだから気にしないで」
「は、はい・・・?」
「そういえば、雅の学校の話、どうなった? 長電話してただろ?」
都は淳蔵の横に座った。
「なんかよくわかんないわ・・・。『孫が世話になるんだから直接会ってお話したい』って言ったり、『老体には堪えるので電話で許してほしい』って言ったり、『今更どう接していいかわからないから帰ってきてもらっても困る』って言ったり、『血の繋がりの有る自分達を選んでくれなくて悲しい』って言ったり」
「複雑ぅ」
「『進学する高校を指定したのはこちらなので、学費を幾らか負担させていただきたいのですが』って言ったら、もう大喜び・・・。八割だって・・・」
「え、向こうがだよね?」
「こっちが」
「ええ・・・」
「トドメはこれ。年頃の女の子が住む家に若い男が三人も居るのはどうなのか、ってね」
「余計なお世話だな」
「家族構成にまで口出すなっつの!」
「俺達が口説いていく設定なのか・・・」
「あーあー、まったく、こぉんな美人な運転手さんが居るのに、なにが不満なのかなあ?」
髪を人差し指で掬われた淳蔵が吃驚したあと、にやける。
「こっちに家庭教師も居るんですけどねェ・・・!」
俺が苛立ちを殺しながら言うと、都はくすっと笑う。
「勉強みてあげるの? 滅茶苦茶嫌ってるのに?」
「そ、う、で、す!」
「直治はー?」
直治は目を泳がせた。
「抱き枕でもやってやれば?」
頬に手を添えた淳蔵が意地悪に言うと、直治は盛大に顔を顰めて手で顔を覆った。
「そのロリコンクソ野郎が都の父親か」
「みたいだな」
「畜生ッ!! 必ず殺してやるッ!!」
「で、直治の方はどうよ」
「見ていたのは父親の夢だそうだ。視力は無い。光を感知できる程度だな。音にはある程度敏感だが、においはもっと敏感だ。あいつ、基本は『犬』のにおいを辿ってる」
「犬?」
「ジャスミンが馬鹿みたいに風呂好きだろ。幼い頃の都は頻繁に風呂に入れてたらしい。視力を失った時に嗅いでいたのが、都の香水と、丁寧に洗われていたジャスミンの毛皮のにおいだ。ジャスミンを辿ればいつか館に辿り着くと思ってるらしい」
「成程、それで犬の居る家に押し掛けては都のこと聞いて回ってんのか」
「ただの人間にそんなこと可能なのか?」
「あいつは人間じゃない」
「というと?」
「都があいつを中途半端な形で人じゃない存在にしたんだ」
直治は熱を逃すように短く息を吐いた。
「母親を殺されて、首を絞められながら犯されかけて、都は親友のジャスミンに助けを求めた」
紙芝居でもするかのように、直治が語り始める。
「ジャスミンは都が最も幸せになれる形を選ぼうとした。都は、父親が未来永劫苦しむことを望んだ。それが、目が見えないまま身体が老いていくのに死ねない、という形になった。都はジャスミンが作った世界の中に居る限り安全だ。ジャスミンはこう考えた。もし、都を危険な『外』の世界に出してしまうくらいなら、誰かに傷付けられる前に、自分の手で都を殺してしまおうと」
「独り善がりだなァ、まあ、ジャスミンの選択が常に最善ってわけじゃないんだけどよ」
「だな。都が父親を恨んでいる限り、父親は消えないんだよ。双方復讐を成し遂げないと終われない」
「だから招き入れるのか、雅を身代わりにしてでも殺すために」
「『十五歳』というのは、都と父親の間でよく使われた言葉だそうだ。当時の都はよくわかっていなかったが、父親は相当拘っていたみたいだな。だから雅にも『十五歳の誕生日』というキーワードを使ったんだろう」
「お互いに殺し合いの合図なわけだ」
「都の恐怖を煽るためかしらんが、『雅ちゃん十五歳の誕生日』と歌いながら道を歩いてることもある」
「あー、キレそう」
「もうキレてんだろ・・・」
「ゆっくり都に近付いて来ている以外は、そこらで野宿してる乞食の汚いジジイだよ」
「探し出して殺さねえ?」
「それができないから苦労してるんだろ・・・」
「・・・やれやれ、おうちにお招きして、気持ち悪い勘違いおじさんに、正義の鉄槌くだしてやりますか」
「ロリコンは殺してもいいからな」
「異議なし」
かちゃかちゃ。
「よう、馬鹿犬」
ジャスミンは拗ねたように淳蔵を見つめた。
「あーあ、お前は良いよな、都と同衾できて」
「んっ?」
直治が反応して、やばい、という顔をした。
「おい、まさか・・・」
「直治ってじわじわ死にたいタイプ? 一気にやってほしいタイプ?」
直治は両手で顔を覆って俯く。
「むっつりすけべ!」
「変態!」
「ばーか!」
ぺた、ぺた、と足音がする。素足の都がゆっくり歩いてきた。
「うーん、まだ眠い・・・」
「おはよう。痛みはどう?」
「楽になったよ。直治から聞いた?」
「全部聞いたよ」
「直治、ごめんね。要領を得ない説明ばっかりで・・・」
直治は恥ずかしくて喋れないのか、苦しそうな表情で手を振った。
「ん?」
「ちょっと音楽性の違いでボコボコにしただけだから気にしないで」
「は、はい・・・?」
「そういえば、雅の学校の話、どうなった? 長電話してただろ?」
都は淳蔵の横に座った。
「なんかよくわかんないわ・・・。『孫が世話になるんだから直接会ってお話したい』って言ったり、『老体には堪えるので電話で許してほしい』って言ったり、『今更どう接していいかわからないから帰ってきてもらっても困る』って言ったり、『血の繋がりの有る自分達を選んでくれなくて悲しい』って言ったり」
「複雑ぅ」
「『進学する高校を指定したのはこちらなので、学費を幾らか負担させていただきたいのですが』って言ったら、もう大喜び・・・。八割だって・・・」
「え、向こうがだよね?」
「こっちが」
「ええ・・・」
「トドメはこれ。年頃の女の子が住む家に若い男が三人も居るのはどうなのか、ってね」
「余計なお世話だな」
「家族構成にまで口出すなっつの!」
「俺達が口説いていく設定なのか・・・」
「あーあー、まったく、こぉんな美人な運転手さんが居るのに、なにが不満なのかなあ?」
髪を人差し指で掬われた淳蔵が吃驚したあと、にやける。
「こっちに家庭教師も居るんですけどねェ・・・!」
俺が苛立ちを殺しながら言うと、都はくすっと笑う。
「勉強みてあげるの? 滅茶苦茶嫌ってるのに?」
「そ、う、で、す!」
「直治はー?」
直治は目を泳がせた。
「抱き枕でもやってやれば?」
頬に手を添えた淳蔵が意地悪に言うと、直治は盛大に顔を顰めて手で顔を覆った。