百五十一話 友達
文字数 2,442文字
こんこん。
『どうぞぉ』
俺は千代の部屋に入った。
「あ、直治さん・・・」
「ちょっと話さないか?」
「はい・・・」
部屋に設えてあるテーブルと椅子に、二人で向かい合って座る。
「雅さんのこと・・・」
「葬式、行くか?」
「え?」
「一条家の人間が葬式に参加するのは都が許さないだろうけど、お前は『櫻田千代』だからな。向こうで嫌な思いをするかもしれんが、行きたいなら俺が都を説得する」
「・・・いえ。行きません」
「そうか」
「話して、いいですか? ちょっと頭を整理したくて・・・」
「いいぞ」
「ありがとうございます」
千代はすうっと息を吸った。
「雅さん、私が殺しちゃった子に、似ているんです。私の親友を虐めていた子に・・・」
千代はぷるぷると顔を横に振った。
「私は親友を『一番の友達』だと思っていました。でも、親友は私のことを『唯一の友達』だと思っていたんです。虐められなくなった親友は、少しずつ明るくなっていったけれど、私以外に友達を作ることはなく、私にべったり・・・。虐められていたから他の子が怖いと言って、他の子が話しかけてきても、怯えてまともに会話ができなかったんです。でも、それが、次第に無視にかわって、邪険に扱うようになって、いつしか、私との仲を見せつけるような言動まで・・・」
千代の目からぽろぽろと涙が零れる。
「私、親友が段々疎ましくなりました」
ハンカチを取り出し、涙を拭う。
「同じ高校に進学して、初めての定期テストの結果が返された時。成績表に、学年で何位の成績だったか書かれていたんですよ。私、全教科、十位内に入ってたんです。むふーって感じの顔をしてたんでしょうね。親友がちょっと不機嫌に話しかけてきて、成績表を見せてきたんです。そしたら彼女、下から数えた方が早い順位で・・・」
きゅ、とハンカチを握りしめた。
「・・・私、親友から虐められるようになったんです」
まだ幼い千代が、虐められている親友を助けるために虐めっ子を沼に突き落として殺したのは知っていた。その後の話は知らなかったので、俺は真剣に聞き入る。
「虐められていたのは、高校一年生の春から。三年生になった春に、『千代ちゃんはあたしと同じ大学に行くんだよ』って言って、テストの答案を白紙で出すように言われたんです。その時の顔が、」
顔が、
「親友を虐めていた、虐めっ子の顔に、そっくりだったんです」
千代から表情が消える。
「一気にあの子のことを嫌いになった・・・」
そして憎しみに染まる。
「だから、虐められていた証拠を両親に見せて助けを求めたんです。両親はあの子に激怒して、おおごとになりました。虐めの期間が長かったことと、悪質だったことから、警察沙汰にまでなりかけたんです。結果、あの子は停学処分に。そのまま、学校に来なくなりました。そのあとのことは、知りません。知らないようにしていたんです。でも・・・」
再び、すうっと息を吸った。
「私が高校、大学を卒業して、就職して、仕事にも慣れてきたある日、あの子と、会社のビルで会いました」
千代は胸元にそっと手をあてた。
「『ドシャッ』って凄い音がして、振り返ったら、ぐちゃぐちゃのあの子が地面に落ちていました」
千代は俺から視線を逸らし、伏せた。
「遺書が、ありました。御父様と御母様が交通事故に遭って、車を運転していた御父様は即死。御母様は頸椎を損傷して、治療しないと、寝たきりになるだろうと言われ、莫大な治療費が必要になりました。あの子は、私のせいで学校に行けなくなって、引きこもりになって、働けなくなった、と。御父様が死んだのも私のせい。御母様の治療費が払えなくて寝たきりになるの私のせい。もし、私に罪の意識があるのなら、御母様の治療費を払え、と書き残して、自分は飛び降り自殺を・・・」
「・・・その金を払うために、極貧生活を送っていたのか」
千代は頷いた。
「御母様は娘の自殺で廃人のようになってしまって、リハビリも拒否して、衰弱して亡くなってしまったんです。私、実家から、あの子の家から、飛び降りたビルから、病院から、ずっとずっとずーっと遠い場所で暮らして、なにもかも忘れてやりなおそうと思って、転職活動を始めました。でも、あはは、どこも落ちてしまって。最後の最後だと思って、一条家の住み込みの仕事に申し込んだんです。都さんに拾ってもらわなければ、私は風鈴みたいに首吊り死体としてゆらゆら揺れていたんでしょうねェ」
千代は無理に笑う。
「でも、私・・・。私、雅さんを見た時、あんまりにも、殺したあの子に似ていたから、色んなことがぶわっと蘇って、感情が濁流みたいにぐるぐる回ってしまって・・・。なのに、なのに雅さんは、私のことを『親友だ』って言って、慕ってくださいました・・・」
ひっく、ひっく、と、しゃくりあげ始める。
「わかんないです、もう、わか、わがんない。私、私に関わった人、皆、不幸になっちゃう。私、どうすればいいのか、どうしたらいいのか、どうしたいのか、わ、わっかんなくてェ! あ、あはははは! も、申し訳ありま、せん・・・」
「千代」
「はい・・・」
「開き直れ」
「えっ」
「なかなかできないけどな。俺もできてない」
俺は言葉が見当たらなくて、がりがりと後頭部を掻いた。
沈黙。
千代は頬をぽりぽりと掻いた。
「直治さん」
「ん?」
「・・・ありがとうございます。すっきりしました」
千代はにこっと笑った。
「直治さんは、理想の上司ですね」
「・・・そんなことないだろ」
「まぁまぁ、そんな謙遜なさらずゥ」
「うるせー」
千代はもう大丈夫そうだ。俺は椅子から立ち上がる。
「明日からは、気持ちしゃっきり切り替えて、働かせていただきます」
「たまには休んでもいいんだぞ」
「あはっ、私の趣味は、料理、掃除、洗濯、整理整頓なんです!」
「ならメイドは天職だな」
「そうなんですよォ! で、苦手なことは、じっとしていること。でも、今日だけ。今日だけは、雅さんとの思い出に浸らせてくださいね」
俺は手を振って、千代の部屋を出る。千代も笑って、手を振り返した。
『どうぞぉ』
俺は千代の部屋に入った。
「あ、直治さん・・・」
「ちょっと話さないか?」
「はい・・・」
部屋に設えてあるテーブルと椅子に、二人で向かい合って座る。
「雅さんのこと・・・」
「葬式、行くか?」
「え?」
「一条家の人間が葬式に参加するのは都が許さないだろうけど、お前は『櫻田千代』だからな。向こうで嫌な思いをするかもしれんが、行きたいなら俺が都を説得する」
「・・・いえ。行きません」
「そうか」
「話して、いいですか? ちょっと頭を整理したくて・・・」
「いいぞ」
「ありがとうございます」
千代はすうっと息を吸った。
「雅さん、私が殺しちゃった子に、似ているんです。私の親友を虐めていた子に・・・」
千代はぷるぷると顔を横に振った。
「私は親友を『一番の友達』だと思っていました。でも、親友は私のことを『唯一の友達』だと思っていたんです。虐められなくなった親友は、少しずつ明るくなっていったけれど、私以外に友達を作ることはなく、私にべったり・・・。虐められていたから他の子が怖いと言って、他の子が話しかけてきても、怯えてまともに会話ができなかったんです。でも、それが、次第に無視にかわって、邪険に扱うようになって、いつしか、私との仲を見せつけるような言動まで・・・」
千代の目からぽろぽろと涙が零れる。
「私、親友が段々疎ましくなりました」
ハンカチを取り出し、涙を拭う。
「同じ高校に進学して、初めての定期テストの結果が返された時。成績表に、学年で何位の成績だったか書かれていたんですよ。私、全教科、十位内に入ってたんです。むふーって感じの顔をしてたんでしょうね。親友がちょっと不機嫌に話しかけてきて、成績表を見せてきたんです。そしたら彼女、下から数えた方が早い順位で・・・」
きゅ、とハンカチを握りしめた。
「・・・私、親友から虐められるようになったんです」
まだ幼い千代が、虐められている親友を助けるために虐めっ子を沼に突き落として殺したのは知っていた。その後の話は知らなかったので、俺は真剣に聞き入る。
「虐められていたのは、高校一年生の春から。三年生になった春に、『千代ちゃんはあたしと同じ大学に行くんだよ』って言って、テストの答案を白紙で出すように言われたんです。その時の顔が、」
顔が、
「親友を虐めていた、虐めっ子の顔に、そっくりだったんです」
千代から表情が消える。
「一気にあの子のことを嫌いになった・・・」
そして憎しみに染まる。
「だから、虐められていた証拠を両親に見せて助けを求めたんです。両親はあの子に激怒して、おおごとになりました。虐めの期間が長かったことと、悪質だったことから、警察沙汰にまでなりかけたんです。結果、あの子は停学処分に。そのまま、学校に来なくなりました。そのあとのことは、知りません。知らないようにしていたんです。でも・・・」
再び、すうっと息を吸った。
「私が高校、大学を卒業して、就職して、仕事にも慣れてきたある日、あの子と、会社のビルで会いました」
千代は胸元にそっと手をあてた。
「『ドシャッ』って凄い音がして、振り返ったら、ぐちゃぐちゃのあの子が地面に落ちていました」
千代は俺から視線を逸らし、伏せた。
「遺書が、ありました。御父様と御母様が交通事故に遭って、車を運転していた御父様は即死。御母様は頸椎を損傷して、治療しないと、寝たきりになるだろうと言われ、莫大な治療費が必要になりました。あの子は、私のせいで学校に行けなくなって、引きこもりになって、働けなくなった、と。御父様が死んだのも私のせい。御母様の治療費が払えなくて寝たきりになるの私のせい。もし、私に罪の意識があるのなら、御母様の治療費を払え、と書き残して、自分は飛び降り自殺を・・・」
「・・・その金を払うために、極貧生活を送っていたのか」
千代は頷いた。
「御母様は娘の自殺で廃人のようになってしまって、リハビリも拒否して、衰弱して亡くなってしまったんです。私、実家から、あの子の家から、飛び降りたビルから、病院から、ずっとずっとずーっと遠い場所で暮らして、なにもかも忘れてやりなおそうと思って、転職活動を始めました。でも、あはは、どこも落ちてしまって。最後の最後だと思って、一条家の住み込みの仕事に申し込んだんです。都さんに拾ってもらわなければ、私は風鈴みたいに首吊り死体としてゆらゆら揺れていたんでしょうねェ」
千代は無理に笑う。
「でも、私・・・。私、雅さんを見た時、あんまりにも、殺したあの子に似ていたから、色んなことがぶわっと蘇って、感情が濁流みたいにぐるぐる回ってしまって・・・。なのに、なのに雅さんは、私のことを『親友だ』って言って、慕ってくださいました・・・」
ひっく、ひっく、と、しゃくりあげ始める。
「わかんないです、もう、わか、わがんない。私、私に関わった人、皆、不幸になっちゃう。私、どうすればいいのか、どうしたらいいのか、どうしたいのか、わ、わっかんなくてェ! あ、あはははは! も、申し訳ありま、せん・・・」
「千代」
「はい・・・」
「開き直れ」
「えっ」
「なかなかできないけどな。俺もできてない」
俺は言葉が見当たらなくて、がりがりと後頭部を掻いた。
沈黙。
千代は頬をぽりぽりと掻いた。
「直治さん」
「ん?」
「・・・ありがとうございます。すっきりしました」
千代はにこっと笑った。
「直治さんは、理想の上司ですね」
「・・・そんなことないだろ」
「まぁまぁ、そんな謙遜なさらずゥ」
「うるせー」
千代はもう大丈夫そうだ。俺は椅子から立ち上がる。
「明日からは、気持ちしゃっきり切り替えて、働かせていただきます」
「たまには休んでもいいんだぞ」
「あはっ、私の趣味は、料理、掃除、洗濯、整理整頓なんです!」
「ならメイドは天職だな」
「そうなんですよォ! で、苦手なことは、じっとしていること。でも、今日だけ。今日だけは、雅さんとの思い出に浸らせてくださいね」
俺は手を振って、千代の部屋を出る。千代も笑って、手を振り返した。