三百六十五話 幼稚園

文字数 2,540文字

紫苑のかわりに幼稚園にひろを迎えに行った。


「一条さん、こんにちは」

「阿波野先生、こんにちは」

「お迎えですね、ひろ君は園庭で遊んでいますよ」

「ありがとうございます」


俺は阿波野先生に礼を言い、園庭に行った。ひろは友達の五木裕也、いっくんと、田中翔太、しょーくんと砂場で遊んでいる。


「あ! あっちゃん!」

「あっちゃんこんにちはー!」

「あっちゃんこんちは!」

「いっくん、しょーくん、こんにちは。ひろ、今日も遊んでから帰るか?」

「うん!」


いっくんの家は両働きで、母親はパートが終わってから迎えに来る。しょーくんの家はシングルファーザーで、父方の祖父母のどちらかが迎えに来る。二人共帰るまで、ひろはいつも遊んでから帰る。


「あっちゃーん!!」


後ろから、いきなり足に抱き着かれる。真田麻里那だ。


「あっちゃん、まりなとあそんで?」

「麻里那ちゃん、足に抱き着いたら危ないから、やめようね」

「えーっ! だいじょうぶだったじゃん! あそぼうよー!」


あー、ブッ殺したい。親がまともならこんなこと思わねえんだけどな。


「一条さん、こんにちは」

「ひろ君、今日逆上がりできたそうですよ」


話しかけてきたのは、紫苑のママ友の柳と篠原だ。二人共女の子のママで、子供とひろの間に交流はあまりないが、紫苑とは同い年で中学が一緒だったらしい。


「柳さん、篠原さん、こんにちは。ひろ、逆上がりできたのか」

「うん!」

「ぼくもできたよ!」

「おれもできた!」


麻里那は俺の足から離れ、一発殴っていくと、遠くから俺達の様子を見ていた母親の元へ走っていった。俺達はひろ達から少し離れて、話をする。


「助けてくれてありがとうございます」

「いえいえ、紫苑がお世話になっていますから」

「お礼を言いたいのは私達の方です。ありがとうございます」

「あの、紫苑は今日は?」

「ちょっと体調が悪いみたいです。一週間くらい俺が迎えに来ます」


月の障りだ。柳も篠原も言わずとも理解して、それ以上は追及しない。


「そうなんですか。よろしくお願いします」

「いえいえ」


ゲハハハハ、と下品な笑い声が聞こえた。横目で見ると、麻里那の母親の真田、その友人の山平と金田が口を大きく開けて笑っていた。


「困りますよね、あの人達」

「ほんとにね」


柳と篠原が囁く。


「紫苑以外にもターゲットにされてるママさん、居るんですよ」

「一条さん知ってますか? ちーくんのママさんの花山さんと、きーちゃんのママの小林さん」

「挨拶はしたことあるような・・・」

「花山さんは旦那さんが和菓子職人さんなんですよ。それを知って『和菓子なんて古くてダサい』って言いながら、タダで和菓子を渡すようしつこく言ってるみたいです」

「おやまあ」

「小林さんは都会から引っ越してきたお金持ちなんですって。旦那さん、在宅で相当稼いでいるみたいで、それを知ってお金の無心ですよ」

「困った連中ですね」

「紫苑は私達で絶対に守ります」


柳が両の拳を胸の前で握り締め、篠原が頷く。


「そこまで言ってもらえるだなんて、良い友人を持ったんですね、紫苑は」

「良い友人を持ったのは私達の方ですよ! あの子、結婚させられてから一切連絡が取れなくなって、園で再会した時は嬉しさと驚きで心臓が飛び出るかと思いました」

「結婚させられた?」

「あっ・・・」

「ちょ、ちょっと留美!」


柳が口を滑らせた。


「あの・・・」

「大丈夫ですよ。なにも聞こえませんでした」

「すみません・・・」

「一条さん、その様子だと知らない、んですよね?」

「はい」


柳と篠原が顔を見合わせ、篠原が意を決したように俺に振り返る。


「紫苑とひろ君の安全のために、聞いていただけますか?」

「わかりました。場所はここで大丈夫ですか? ほら、あの人達・・・」


真田と山平と金田のことだ。


「確かにここじゃまずいかも・・・。他のママさんも、子供達も居るし・・・」

「連絡先交換しましょうか?」

「駄目です一条さん。現場を見られたらあの人達も連絡先欲しいって絶対言いますよ」

「うーん。確かに。どうしようかな・・・」


ブランコで遊んでいた柳の娘の理央と、篠原の娘の遥が走ってくる。


「ママー! おなかすいた! おやつ!」

「おかあさん、はるかもおやつたべたい。おうちかえろ?」


おやつ、か。


「柳さん、篠原さん、ちょっと時間ズラして園を出ましょうか。近くのコインパーキングの場所わかりますか? 俺の車停めてあるんでそこで。俺が先に出たらあの人達も帰るでしょう。帰ったの見届けてから来てもらえますか?」

「そう、ですね・・・。そうですね、わかりました」

「十分経っても私達が来なかったら、一条さんはひろ君とおうちに帰ってください。また別の機会にということで」

「わかりました」


俺は頷き、ひろに声をかける。


「ひろ、今日はもう帰るぞ」

「えーっ? もうかえるの?」


そう言いながらも、駄々はこねない。


「いっくん! しょーくん! またあしたね!」

「ひろくんまたあした!」

「ひろ、またあしたな!」

「あっちゃん、ひろ、かばんとってくる!」


ひろは教室に走っていった。鞄を取って戻ってきたひろと駐車場に行き、車に乗り、待つ。


「ひろ、今から理央ちゃんと遥ちゃんとおやつ食べに行くぞ」

「えっ? なんで?」

「二人のママはひろのママの友達だろ? あっちゃん仲良くしておこうと思ってな」

「そっかー。しょせいじゅつってやつ?」

「ど、どこでそんな言葉を・・・」


三歳児、侮れない。恐ろしや。


「お、来たか」


柳と篠原、理央と遥が来た。


「ひろ、ちょっと待ってろな」

「うん!」


俺は車から降りる。


「あっちゃんさんこんにちは!」

「こ、こんにちは・・・」


理央は活発で、遥は少し内向的だ。俺はしゃがんで二人に微笑みかける。


「理央ちゃん、遥ちゃん、おやつ食べに行こっか」

「え! おやつ!?」


理央が喰い付く。


「あの、一条さん・・・」

「お腹を空かせた子供をそのままにしておくわけにはいきませんから。キッズスペースのあるファミレスあるでしょう? 強引で申し訳ないのですが、そこでどうですか? 食事が終わったら篠原さんはそのままご自宅まで送りますし、柳さんは自転車ですよね、また園まで送りますよ」

「なにからなにまで、ありがとうございます」

「本当にありがとうございます。お言葉に甘えます」

「じゃ、行きましょうか」
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