三百四十二話 下拵え

文字数 1,896文字

「直治様っ!! 許してください直治様っ!!」


姫子が檻の中で命乞いを続けている。


「ひめ、なんでもしますっ!! だからどうか許して、ヒッ!?」


大振りのナイフを持って近付き、姫子を見下ろす。


「なお、じ、さま・・・。あ、あの、あのねっ? ひめねっ? 直治様の、ペットに、なってあげるよ・・・? ね、ねえ、ご主人様ぁ・・・?」


オムツだけの姫子が、指錠を嵌められたまま、腕で胸を寄せて谷間を作って見せ付けてくる。


「指錠を外してほしいか?」

「えっ・・・」

「そのまま生活していたら折れるぞ。痛いぞ、骨が折れるのは。指っていうのは無意識に使っちまうモンだから、折れたあとも動かしちまって、更に痛みを味わうことになる。添え木もギプスも『ここ』にはない。指が曲がったままくっついちまったら手術しないと元には戻せない。本来なら指錠は檻の中では外してやるんだ。慈悲深い都がそうしろといつも言う。今回は俺に一任されている。俺の判断で着けさせて俺の判断で外させる。わかるか?」

「は、はい・・・」

「二ヵ月後まで着けっぱなしでも俺は構わねえ。お前の骨折の痛みなんて俺には一切関係ないからな」

「に、二ヵ月後って、二ヵ月後に、なに、するの?」

「姫子、指枷を外す条件は三つ。俺が言い終わったあとに復唱しろ。一つ、黙ること。二つ、質問には答えること。三つ、命令には従うこと」

「ひ、ひめは、」


俺は檻を思いっ切り蹴った。姫子が悲鳴を上げ、防衛本能から手で身体を庇おうとしたようだが、指枷の痛みに顔を顰めて蹲った。


「そうか、指枷はそのままでいいか」

「ま、待ってくださいっ!! 復唱しますから、もう一度だけ言ってくださいっ!!」

「この程度のことも覚えられないのか?」

「うぅ・・・」

「一つ、黙ること。二つ、質問には答えること。三つ、命令には従うこと」

「ひ、一つ、黙ること。二つ、質問には答えること。三つ、命令には従うこと・・・」

「手を檻から出せ」


姫子が泣きながら手を檻から出す。俺は枷を嵌められた親指を潰す勢いで指で挟んだ。


「いッ!?」

「勘違いするなよおばさん。お前が『可愛い』と思ってやっていることは全部見ていて『痛々しい』ことなんだよ。皆、お前が可愛いから言うことを聞いてるんじゃない。お前が面倒で仕方がないから大人しくさせるために我慢していただけだ。わかるか? お前は誰からも好かれていない。寧ろ嫌われてるんだよ」

「う、うぐっ・・・」

「垂れた胸見せ付けてんじゃねえよ。二度とするな。これは命令だ。わかったか?」

「ひぅ・・・。は、はい・・・」


俺は指を離し、ポケットから鍵を取り出して姫子から指枷を外した。


「反抗的な態度を取ったら、美代に『調教』してもらうことにしよう」

「調教・・・?」

「喋ったな?」

「え?」

「『黙ること』と、二度も言っただろう。今夜は美代に可愛がってもらえ」

「あっ、ま、待って直治様っ! 直治様ぁーっ!!」


俺は地下室から出て、仕事に戻った。

朝食。

紫苑が姫子が座っていた席を見て、困惑している。


「あの、都様、姫子さんは・・・?」

「クビにしたわ」

「えっ・・・!?」

「いくら寛大な私といえど、あそこまでされたら我慢ならないわよ。それにね、彼女、実はまだ試用期間中だったのよ。そういった『立場』も理解できない人間は一条家には不要ですから」


都がにこりと微笑む。ひろが桜子に連れられて不機嫌な顔で食堂に来て、姫子が居ないことに気付くと、きょとんとした。


「みやこちゃん、おばちゃんは?」

「おばちゃんはもう居ないよ」

「どうして?」

「ひろ君とひろ君のママを虐めるから、都ちゃんがおばちゃんのパパとママを呼んで、おうちに帰ってもらったの」

「おうち? おばちゃんのおうち、みやこちゃんのおうちじゃないの?」

「うん。おばちゃんのおうちは、都ちゃんのおうちじゃないよ。おばちゃんのおうちはお山の『外』にあるの。さあ、ひろ君。朝ご飯を食べようね」

「たべるー!」


食事が始まる。


「都、今夜、酒でもどうだ?」


俺がこうやって誘う時は、地下で『肉』の反応を楽しもうという意味で誘う。


「いいわね」

「料理の下拵えは美代にしてもらおうと思う」

「あらぁ・・・」


都が蕩けるように笑う。美代もそれを見てにやりと笑った。


「美代、お願いできる?」

「喜んで」

「フフッ、楽しみ・・・」


淳蔵も思わずにやけてしまったらしく、すぐに表情を引き締めて自戒するように厳しい顔をした。千代は一瞬、チェシャ猫のように笑い、桜子も口角が上がる。


「みーくん、おりょうりするの?」

「うん、するよ」

「ひろ、みーくんのおりょうりたべたい!」

「水曜日と土曜日のご飯は俺が作るから、その時にね」

「わかったー!」
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