開幕の主役-3-

文字数 1,805文字

 仁王立ちしている紅玉(こうぎょく)の前で、(しょう)はしゅんとして身を縮めていた。
「そんなに簡単に大学を辞めるとか言うもんじゃない。しかも、面白そうだから?」
『ふざけたことを』
 紅玉(こうぎょく)の竜笛は鋭く、ユニゾンで送られているアーユスは重い。
「夕べ、気を失って伸びていたのは誰?」
「……オレ、です……」
「そう、玄武。あなた


 改めて告げられた事実が心を(えぐ)り、(しょう)はますます顔をうつむけた。
「初めて見た悪魔がアレなら、仕方ないことだと思う。けれど、あの程度でひっくり返ってしまう人間を、戦う場に伴うことはできない」
「えっ」
 弾かれたように(しょう)の顔が上がる。
「だって、オレには四神ってやつが」
「まだ顕現していない。アーユスも制御できていない。戦う(すべ)もない」
 紅玉(こうぎょく)の連続のダメ出しに、ヘーゼルの瞳が(ゆが)んだ。
「恐れることは恥じゃない。けれど、現実から目をそらしていることは恥じなさい。”面白い”わけないでしょう。そんな浮ついた心持ちでは、玄武は顕現しないよ。”面白そう”なものを探して大学を辞めるなら、ここにいる意味もないんじゃない?」
「意味が、ない……。でも、オレは全然勝手がわかってねぇし」
「そうね」
「アーユス駄々漏れだし」
「そうね。かわいそうだって、白虎が補強してあげてるくらいだものね」
「え?!……まじかぁ……」
 頭を抱えた(しょう)は、上目遣いで紅玉(こうぎょく)を見上げる。
「じゃあ、なおさら時間があったほうがいいんじゃねぇの」
「時間で解決するもんでもないよ。必要なのは本気かどうか」
「……じゃあ、オレが連れていってと本気で望んだら?」
「それなら」
 紅玉(こうぎょく)が腕を伸ばして、ライトブラウンの頭を乱暴になでた。
「一から十まで叩き込んであげるよ。師匠として、見捨てることなくね」
「絶対?……絶対、裏切らない?」
 ソファから身を乗り出した(えんじゅ)に、紅玉(こうぎょく)が淡く微笑む。
「もちろん。私が見込んで、ヴィーラにならなかった者はいないからね。ただ……」
 (えんじゅ)の目の前に立った紅玉(こうぎょく)は、膝を曲げてその目をのぞき込んだ。
「その傷と向き合う覚悟が求められるよ」
「……読んだの?」
「読めない。青龍の傷は深すぎる。……こんな傷と向き合おうとしている四神に、自分が何者かも言わないまま仕えようとはしないよね、私の妹は」
 紅玉(こうぎょく)が振り返れば、そこには(まもる)に寄り添い立つ蒼玉(そうぎょく)がいる。
「はい。すべてお話いたします。そして、ご判断ください。わたしがヴィーラにふさわしい存在かどうか」
「必要であれば、席を外しますが」
 高梁(たかはし)の気遣いに、紅玉(こうぎょく)は首を横に振った。
「いえ、タカハシさんには、諸々を了解しておいてほしいのです。これから頼みごとも多くなるだろうし。それに、あなたは少し知り過ぎている。それを四神に言わないままでいるのも、卑怯じゃない?」
「……それは……」

(この方には、触れられなどしなかったはずだが……)

 蒼玉(そうぎょく)でさえ、触れなければ、心のうちすべては読めないと言っていたのだが。

 眉を曇らせる高梁(たかはし)に、紅玉はしたり顔をする。
「”なぜ”という顔ね?……さっきから、四神が互いに言い合っていたでしょう?朱雀がもともと夏苅(なつがり)ではなかったこととか、玄武の母親が、他国の舞姫であるとか」
「舞姫じゃねぇ、女優だ」
「同じじゃないの?」
「ちげぇ」
「えぇ~」
 紅玉(こうぎょく)が困惑した表情でがしがしと頭をかくと、その美しい長い黒髪が揺れた。
「あとでもう少し読ませて。まあ、とにかく。四神たちが互いに驚いているのに、それを聞いていたタカハシさんのアーユスは動かなかった。それで十分でしょう?ああ、知っていたのだなと判断するには」
「なんで知ってんの、高梁(たかはし)さん。……オレのミドルネームもバレてたしさ」
 ヘーゼルの瞳にじろりとにらまれても。
「これから、それをお話し合いになるのでは?」
 しれっとしている高梁(たかはし)に、(しょう)は舌打ちを返した。
「では、お茶などお入れいたしましょうか。(まもる)さんもどうぞおかけください。ところで」
「ん?」
「あなたは私を名で呼ばなくてよいのですか?彼女には、真名を名乗ることを求められましたが」
「ああ、それはいいよ。ヴィーラふたりから名で縛られるなんて、気の毒だからね。私のことは、必要ならば紅玉(こうぎょく)とお呼びください。さて」
 それ以上の質問を封じるように、紅玉(こうぎょく)高梁(たかはし)に背を向ける。
「まずは蒼玉(そうぎょく)の話を聞かないといけないね。あたしたちは、どうあってもヴィーラなんだから」
「はい」
 紅玉(こうぎょく)に歩み寄った蒼玉(そうぎょく)は、伸ばされたその手を取って額に押し頂いた。
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