最低な行為-1-

文字数 2,090文字

 一階ピロティから続く桜並木をたどって正門まで出ると、すぐに勾配の急な坂道にぶつかる。
 帰りは下りだが、最寄駅から坂を上り下りした果ての最後の坂はきつく、(しょう)は口を開けば文句を言っていた。

「駅降りて時間がギリだとさぁ、あの坂を上んのかと思っただけで、帰りたくなるんだよなぁ」
 そして、実際帰ってしまうこともあるのだから、まったく始末に負えない。
「初等部とかはもっと駅近だろ?あれかね、ヤバい年頃のオレらは体力使わせて、山のてっぺんに閉じ込めとけってかね」
「駅近の高校もあるじゃん、反対側に。年は関係なくない?……よいしょっと」
 「たまには外で食おうぜ」と(しょう)に誘われた(えんじゅ)は、校庭奥に隣接した小高い緑地に、どっかりと座り込んだ。

 もともとは付属大学の研究施設が建っていたというこの場所は、老朽化を理由に取り壊されてからは、もう長いこと利用されないまま。
 雑草生い茂る空き地となっている。

 ちらほらとほかの生徒たちの姿も見えるが、ちょっとした公園並みの広さがある空き地だ。
 ふたりに注目するような者など誰もいない。
 清々した気持ちでバゲットサンドをかじる(えんじゅ)の隣で、(しょう)はゼリー飲料を一気に飲み干した。
「ああ、あのガッコな。あっちだって、結構ヤバめのヤツ多いくせによ。ウゼェんだよなぁ。一度、徹底的にボコすか」
「ケンカは、もうしないほうがいいんじゃない?」
「オレがふっかけるワケじゃねぇ」
「夏前のあれ、けっこう話題になっちゃってたじゃない」
 ヘラヘラ笑っている(しょう)を、(えんじゅ)がじろりとにらむ。
「一応さ、お互い”県内TOP校”とか言われてるんだから……」
「なんでか(から)まれんのよ、オレ」
「そんなカッコしてるからでしょ。よく警察沙汰にならなかったね」
「そもそも、あっちの親のひとりが警察関係だったらしい」
「え?!」
 丸くなった青い瞳に、(しょう)がニヤっと笑い返す。
「先に手ぇ出したの、向こうだからな。大事(おおごと)になって困んのは、あっちなんじゃね」
「そこは両親の良心だったと信じたいとこだね。……どーせ(しょう)(あお)ったんでしょ」
「それも向こうが先だぜ?メグと駅にいたら二、三人で寄ってきて、チャラいだとかなんとか、しつけぇし」
「ホントのことじゃん、チャラいの。あと、女の子の名前はいいよ。どうせ覚えられないから。……毎回違うコなんだもん」
「オレはどうでもいいんだけどさ」
「ほほぅ」
 ふっと横顔を曇らせる(しょう)に、(えんじゅ)は訳知り顔でうなずいた。
「女の子のこと、悪く言われたんだ」
 頬に視線を感じて、(えんじゅ)(しょう)をちらりと見上げる。
「それくらいわかるって。で?(あお)り返したわけ?」
「まーなー。”それでなくても梅雨(つゆ)まっさかりに、ベトつくこと言うなよ。ああ、お前らは梅じゃなくて栗だな。ツイリの匂いが漂ってくるんだよ。特に右手から。あれ?左利きだった?なら左手だな”って」
「……はい?」
 (えんじゅ)の首が傾き、(しょう)が吹き出した。
「オマエ、アイツらと同じ顔してるわ。……梅雨(つゆ)は、(うめ)の雨って書くだろ」
「うん」
「別の言い方があって、それが墜栗花(ついり)。栗の花が堕ちるころの雨」
「へーぇ。なんか風情があるね。でも、それって悪口なの?」
「風情とか。栗の花の匂い、嗅いだことねぇの?」
「ん?」
 きょとんとしている(えんじゅ)の耳に、(しょう)が口を寄せる。
「臭いが似てんだよ。

に」
 ぼそぼそした声で説明をされるうちに、(えんじゅ)の顔が赤くなっていった。
「それ、駅で堂々と言ったの?」
「言ったよ?わかりませんって顔してたから、丁寧にご説明申し上げてやったさ。エリート校とか言うわりに”ツイリ”でぴんとこねぇとか、日本人じゃないんですかーってとこで、メグが笑っちゃってさ。あいつ、文芸部だから」
「じゃあ、僕も日本人じゃないや」
「日本男児なんだろ」
「精神はね。それにしても、ずいぶん高レベルな(あお)り方だねぇ。……(しょう)らしい」
 
 定期テストが行われるたびに、(しょう)は必ず、三本の指に入る成績を取っている。
 単位取得ぎりぎりの登校。
 許容範囲すれすれの(いや、何度か指導専任に呼び出されているらしいが)恰好。
 そして、断トツの成績。

「ほんと、(しょう)は面白いなあ」
 空き地に広がる下草を波立たせるような風が吹き、含み笑う(えんじゅ)の金髪を揺らした。
「オマエほどじゃねぇけど、……ん?」
「どしたの?」
 急に立ち上がった(しょう)の視線をたどると、五、六人の男子生徒の集団が崖下でもみ合っている。
「なんだ?あいつら」
 そのなかのひとりが(ひど)く殴り飛ばされ、地面に転がっていった。
「お、アイツ”ナツガリ”じゃん。あとのヤツらは……、上級生か」
「知り合い?」
「いや、知ってるだけ。合ってはいない」
「なら、高入生なんだね。……ガタイ良さそうだけど、ずいぶん一方的だね」
 ふたりが見守る先で、”ナツガリ”を取り囲んだ上級生たちの足が、一斉に振り下ろされる。
「なんで抵抗しないんだろ。……あっ」
「おい、(えんじゅ)!?」
 急に走り出した友人の肩をつかみ損ね、上体をよろけさせた(しょう)が叫んだ。
「バカっ、無策で行くな!どうしたんだよっ」

(何か守ってる!)

 ”ナツガリ”が腕でかばっている(ふところ)には、グレーっぽい毛玉が見える。
 それに気づいた(えんじゅ)は、一気に崖を滑り降りていった。
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