開幕の主役-渉-

文字数 2,428文字

 肩の力が抜けたようにソファに埋まった(えんじゅ)の横で、(しょう)は不機嫌そのものの顔で高梁(たかはし)を振り返った。
「だから高梁(たかはし)さん。そっちの事情も明かすべきなんじゃねぇの。オレのことはどこまで」
「そういえば、ニルス君のお母さまが映画賞にノミネートされていましたね。おめでとうございます」
 さらりと高梁(たかはし)が口にした映画タイトルに、(あきら)の口がパカリと開く。
「それって、今話題になってるやつやん!」
「え、あの映画のノミネートって、助演女優賞だよね。(しょう)のお母さん女優だって言ってたけど、まさか、ユリアナ・サラスティなの?!」
 ソファから身を起こした(えんじゅ)が、ずいっと(しょう)に顔を寄せた。
 美貌と演技に定評のある世界的女優の名を耳にして、さすがの(まもる)も無言のまま、まじまじと(しょう)を見つめる。
「ちっ、このインテリメガネめ……」
「それで、(しょう)君はどうされますか?お世話になっている冬蔦(ふゆづた)教授の家も、ここから遠いわけではないでしょう。そもそも君は、冒険するガチョウのように、いろいろな(カノジョ)を渡り歩いているようですが」
「今、なんか嫌味なフリガナ振ったろ」
「気のせいでは?」
「……このインケンメガネ……」
「おやおや、インテリから降格されてしまいましたか」

教授……?(しょう)
 (えんじゅ)(しょう)の肩に手を掛け、自分のほうを向かせた。
「僕の名前は教えたよ。(しょう)だってズルいんじゃない?ユリアナ・サラスティの息子なのに、どうして冬蔦(ふゆづた)姓なの?その人って、(しょう)のお父さん?」
「ちげぇよ。……オレに父親は、いねぇから」

(今日は、見たこともない顔をたくさん見る日だな)

 完璧にアーユスを抑えながら、(まもる)は痛みに耐えているような(しょう)の横顔を見守り続ける。

 仲間たちが黙り込むなか。
 高梁(たかはし)が打ち続けるタブレット用のキーボードが、止むことのないタイピング音を響かせている。
「ユリアナ・サラスティに子供がいるなんて、知らなかったな」
「公表してねぇからな。イメージ悪くなるじゃん?父親も言えねぇ息子がいるなんてさ」
 皮肉気な(しょう)の笑顔に、(えんじゅ)の顔が曇った。
「そんなこと」
「スキャンダルひとつでつぶされる世界だぜ?相手、よっぽどのヤツだったかもしれねぇし」
「……(しょう)は、お父さんを探すために日本に来たの?」
「まあ、それはついでってかさ。……ユーリの仕事が忙しくなってきて、シッターに預けっぱなしも心配だって相談された(いつく)さん、冬蔦(ふゆづた)さんが、預かるって言ってくれたんだよ。留学してた(いつく)さんとユーリは大学が一緒で、そっからの付き合いらしいんだ。……父親が日本人だってことは知ってたから、いつか行ってみてぇなとは思ってたし」
「それで……。会えたの?」
「いーや」
 おずおずと切り出した(えんじゅ)に、(しょう)は投げやりな感じで肩をすくめる。
「全然ダメ。どっこにも手掛かりがねぇんだよ。(いつく)さんは知ってると思うんだけどなぁ」
「友だちの息子いうだけで、籍に入れてくれたん?(しょう)のこと」
「そのほうが暮らしやすいだろうからってな。究極のお人よしなんだよ、(いつく)さんって。見ててイライラするくらい」
「その人って……。ホントにただの友達?お母さんの」
「まあ、フツーそう思うよな」
 憂い顔のイケメンがため息をついた。
「オレも父親じゃないかって疑ってた時期もあったんだけど、でも、違うらしい。(いつく)さん、ずっと付き合ってるカノジョもいるし。事情があるとかで、結婚はしてねぇけど」
 (しょう)口から乾いた笑い声が漏れる。
「……大方、オレが独り立ちするまでとか思ってんだぜ、あのお人好し」
「それに気づかいして、(しょう)ってば外泊ばっかしてるの?」
「んなワケねぇだろ。女の子が離してくれないから、……っ!いえ、なんでもないデス」
 蒼玉(そうぎょく)の刺々しいアーユスに、(しょう)が口を閉じたとき。
冬蔦(ふゆづた)教授から返信がありましたよ」
 高梁(たかはし)がタブレットの画面を(しょう)に向けた。

――お友達とのシェアハウスは、(しょう)くんの教育上、大変よろしいかと思います。(しょう)くん、大学もサボらないでね。たまにはこっちに戻って、一緒にご飯でも食べよう。それから……――
 
 長い文面には、こまごまと(しょう)を心配する言葉が並んでいる。

(本当に、家族みたいだな)

――キミは小さいころから賢かったけれど、もう少し周りに頼っていいんだよ。それから、ユーリにも連絡を入れてあげて……――

 知人の子供というより、まるで年の離れた弟へ向けた手紙のような文面に、(まもる)は密かに瞠目した。

(父親じゃないかって思うのも、納得だな)
 
「教育上の環境でいえば、大変よろしいものでしょうね」
 再びタブレットと向き合った高梁(たかはし)の唇が、にんまりと上がっている。
「しおらしい(しょう)くんなんて、珍しいものも見られましたしね。ありがたい師匠です」
「白虎も、同じようなことを思ってるんじゃないだろうね」
「え?!」
 突然向けられた指摘が的確過ぎて、(まもる)はぎくしゃくと紅玉(こうぎょく)へと首を回した。
「あの……」
「ダメだから」
「……はい」
 反論はせずにうなずいた(まもる)に満足そうにうなずきながら、紅玉(こうぎょく)蒼玉(そうぎょく)に微笑みかける。
「素直ないいコだね」
「ええ、いいコですよ、(まもる)は。だから、いじめないでくださいね、姉上」
「はいはい、ゴチソウサマ。さて、あたしたちはアンデラの痕跡を探さなくてはならないけれど……。ここでは空術を使ったらまずいね?」
「この人の数では、誤魔化せるとは思えません」
「本当に、どこを向いても人の気配に満ちているものね。……足で稼ぐしかないか」
 戦士(ヴィーラ)の姉妹は顔を見合わせて、同時に難しい顔になった。
「バスとか電車とか使えば?」
「それは、何?」
 ためらいなく伸ばされた紅玉(こうぎょく)の手を取れば、紅玉(こうぎょく)のアーユスがするりと(しょう)に流れ込んでくる。
 ヒリヒリするほど熱いアーユスに、(しょう)の鼓動が跳ねた。
『不愉快?白虎にお願いしようか』
『ちがう!あの、慣れねぇ、だけだから』
『そう?じゃあ、このまま』
「う~ん。……でんしゃ、か……」
 公共の乗り物の知識を得た紅玉(こうぎょく)は、首を傾げて目を閉じる。
 微かに眉を寄せたその顔が、妙に色っぽくて。
 心拍数の上がった(しょう)は、慌てて紅玉(こうぎょく)の手を離した。
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