紅玉と金烏‐2‐

文字数 1,992文字

「やはり、あの子は神への宣誓をしていないと?」
「高天原では承知していない。ヴィーラの儀式を施した稀鸞(きらん)は、オマエがとっくに宣誓させたと思っていたようだったが。……確かに額には、それは見事な銀のパドマが開いているしな」
「可能ですか。高天原の御力なしに」
「聞いたこともないわ。よもやアンデラの守護がとも思うたが、使うのが(カーラ)アーユスならば、(くしろ)は闇色になるはず。しかも、無断で

と契れば、ヴィーラの資格は剥奪される」
「そう、ですよねぇ」
「ケケ」
 うっすらと頬を染めた紅玉(こうぎょく)に、金烏(きんう)が軽く笑う。
「気付いておろうが」
「あれだけアーユスが混じり合っていれば、まあ」
「不思議よの」
 金色に光る翼がゆっくりと収められた。
「神との契約なしに神の御業(みわざ)を使い、人の交わりを経てもそれが失われない。とはいえ、何者がチャンドラに守護を与えたのかすらわからぬゆえ、ソレに許しを得たかどうかもわからぬ。まこと脅威。あれがもし人と対立して、神に刃向う存在になるとしたら」
「もちろん、そのときはグール―であり姉である私が、引導を渡します」
「うむ。努々(ゆめゆめ)忘れなきよう。……に、してもだ。すげぇと思うぜ、コレのことは」
 高天原の気配を消した金烏(きんう)がハンドルへと降り立った。
「”ばいく”っていうんだって。“めんきょ”ってやつもちゃんと取ったんだよ。ま、ちょっとズルはしたけどね。白虎の従者は優秀過ぎて気持ちが悪いくらい。あたしも蒼玉(そうぎょく)も、この時代に存在していることにされちゃったよ。……さて」
(チャンドラ)、時は満ちた。()く来よ』
 蒼玉(そうぎょく)に再度のアーユスを送り終わった紅玉(こうぎょく)は、取りたての免許を取り出してかざす。
 そこには紅玉(こうぎょく)の顔写真の上に、シェアハウスの住所。
 そして、「斉宮(いつき) (こう)」という名前が印字されていた。
斉宮(いつき)?」
「マートサリヤースラの縛合(ばくごう)だった者」
「そんなヤツの養女になるたぁなぁ。……ところで、チャンドラもそれ乗って来んのか?」
「白虎が離さないんじゃないかな」
「うへぇ」
 金色の翼が、バサバサと大げさな音を立てる。
「オレァ甘いもんは苦手だけどな。……高天原には、ついぞねぇもんだからよ」
 うんざりとした金烏(きんう)のアーユスに、紅玉(こうぎょく)はくつくつと笑いながらも、その瞳は陰っていた。
 
 蒼玉(そうぎょく)(まもる)のアーユスは、確かに分け難く交じり合った気配がしている。
 だが、それが最近、特に色濃くなったというだけで。
 現世(うつしよ)に戻り、蒼玉(そうぎょく)(まもる)を一目見たときから気づいてはいたのだ。
 ふたりのアーユスが、あまりに似ていることに。
 目覚めたばかりで、自分の能力が落ちているがゆえの見間違いかとも思ったのだが。

(目覚めてすぐに、蒼玉(そうぎょく)闇鬼(アンデラ)との戦いに身を投じたはず。そこにはまだ天空(アカシャ)もいらっしゃった。白虎と情を交わす暇などなかっただろう。暴くべきか、見守るべきか……)

 妹が自分に寄せる親愛も信頼も変わっていないし、あの戦いぶりを見れば、天空(アカシャ)に対する二心(ふたごころ)を疑う隙もない。

「白虎が産まれたときに、祖父が言ったそうだよ。“何のお役目を背負わされてきたのか”と」
 暗闇に沈む海に目を遣る紅玉(こうぎょく)から、金烏(きんう)がふぃと顔をそらせた。
「まあ、たまにそういう人間もいるな。ちょいと高天原寄りっていうかな。魂のいくらかを残してきちまったような、つまり、生まれながらの宣誓者ってヤツだぁね」
「白虎がそうだと?」
「さてね。神の御心なんて、遣われるほうにゃわかりっこねぇよ。だが、あれほどのアーユスを抱える存在だ。何かを天界と取引したのかもって思うわな」
 月も出ていない、星だけが頼りなく瞬く夜空に向かって、金烏(きんう)は大きく口を開いて笑う。
「知りたいんなら、お伺いしてみるに(やぶさ)かじゃねぇけど。……教えてもらえるとも限らねぇけどな」
「今のところはいいよ。ただね、蒼玉(そうぎょく)もアンデラ界から寄こされたということは、きっと何か背負わされてる。そんなふたりが出会って、惹かれ合うなんてと思ってさ」
 金烏(きんう)の顔つきが、また変わった。
「まさか、アンデラが人の子を生かすとは思わなんだよ……。背負わされたものが、神と相反するという可能性もあるな」
「……そう、ですね」
「そのとき、お前はどうする」
「どうもいたしません」
 差し伸べた腕に戻ってきた金烏(きんう)の前に、紅玉(こうぎょく)は首を垂れた。
「それが彼らだけの問題であるうちは、見守るだけです。神に害意ありと判断すれば滅します。ただ」
 紅玉(こうぎょく)は目を上げて、金烏(きんう)の瞳をひたりと見つめた。
「それも含めて、森羅上位に御座す御方がチャンドラを……」
 荒い鼻息だけで応えた金烏(きんう)も、そのことはわかっているようだ。

 玉石の姉妹が持つ、戦士(ヴィーラ)の証たる額の銀のパドマ。
 それは天界の守護がなければ、開くことはないのだから。

「ところでよ、スーリヤ。……そろそろ闇が満ちるぜ」
「頃合いだね。……こっちも到着するようだよ」
 なじみあるアーユスの気配とともに。
 街灯もまばらな畑道の向こうから、バイクのエンジン音が近づいてきていた。
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