可愛いあなた-3-

文字数 1,889文字

 出会いの日を胸に浮かべながら、(まもる)は、小さく微笑んだ。
蒼玉(そうぎょく)はキラキラしてて、とてもきれいだった』
『またそんなことばっかり』
 否定しようとする蒼玉(そうぎょく)の手を取って、その中指に(まもる)は軽く歯を立てる。
『本当のことなのに』
『ときどき、鳥の目を借りて外を眺めたけれど、今の女性はみんな、キラキラしていて可愛らしいわ』
蒼玉(そうぎょく)以上にキラキラしてて、キレイな人なんかいないよ』
『それはアーユスのおかげじゃないかしら』
『絶対違うよ。……前はただきれいだと思っていた。こうしてちゃんと会うと、きれいだし可愛い。俺は蒼玉(そうぎょく)の背だって、とっくに超えてしまったからね』
『あら』
 噛みつかれたまま、蒼玉(そうぎょく)は親指で(まもる)の唇をくすぐった。
『わたしは(まもる)より、七百歳以上も年上なのよ。小さいときは“おねえさん”って呼んでくれたでしょう?』
『はいはい、蒼玉(そうぎょく)姉上』
 同時に笑い声を漏らしたふたりは、隣で眠る稀鸞(きらん)を思い出して慌てて口を閉じる。
『赤い目と白い髪をきれいだと言ってくれたのも嬉しかった。大好きも。あれは月兎(げつと)のことだろうけれど、俺に言ってくれたんだろう?』
『もちろん』 
 あのとき、蒼玉(そうぎょく)の手はそよ風のようだったけれど。
 今は体温を持った柔らかな確かさで、(まもる)の頬をなで続けている。
『“おねえさん”がきれいと言ってくれてから、俺は自分の容姿をそれほど嫌いじゃなくなったんだ。それまでは、いくら母さんが可愛いと言ってくれていても、それは母親だからだと、どこかで思っていた。周りの目が怖かった』
 (まもる)はふと、祖父の神社を継いだ叔父を思い出して眉を曇らせた。
 
 直接言葉を交わしたことは数えるほどしかない。
 だが、会えばいつも物言いたげな目をして、複雑に(から)み合った「想い」を向けられていた。
 すぐそこの神社は、(まもる)の生家でもあるけれど。
 こうしてヴィラに来ても訪ねる気にはなれないし、向こうは来ていることすら知らないだろう。
 ……いや、もしかしたら、

で察しているかもしれないが。
 数少ない血族ではあるが、もう何年も、顔さえ見ない日々が続いている。

『人は特異なものに対しては、畏怖を感じるものだから。小さなあなたがその感情を向けられたのなら、怖く思って当たり前よ』
蒼玉(そうぎょく)は、俺の外見を普通ではない、怖いと思ったことないの?』
 猫が甘えるように、(まもる)蒼玉(そうぎょく)の手に頬を()りつけた。
(まもる)は赤ん坊のころから、本当にきれいな子だったわ。それにわたしは、常ならぬものを相手にする戦士(ヴィーラ)。しかも、親が誰なのか、何なのかもわからない捨て子。普通ではなくて恐ろしい存在とは、わたしのような者を言うのだわ』
 (まもる)のまなざしと送ってくるアーユスに、その要求を受け取った蒼玉(そうぎょく)が、ゆっくりと顔を近づけていく。
『確かに、蒼玉(そうぎょく)は普通なんかじゃない』
 間近に迫った蒼玉(そうぎょく)の鼻先に、(まもる)は軽いキスをする。
『ソウは、俺の最後の女神だったから。あなたがいたから、俺は生きてこられた。あなたに会うために、生きていたかった』
 蒼玉(そうぎょく)は優しい瞳で(まもる)を見つめ、その鼻先に口付けを返すふりをして、軽く噛みついた。
『言い過ぎ』
『言い足りない』
『……(まもる)ったら』
 忍び笑いを漏らす蒼玉(そうぎょく)の手を、(まもる)は握り直す。
『初めて会ったあのあと、俺はどうしたんだっけ』
『そのまま眠ってしまったから、おじいさまがお迎えに』
蒼玉(そうぎょく)が呼んでくれたの?おじいちゃんは何も言っていなかったけど』

 翌朝、(まもる)が目を覚ましたのは自分の布団の中で、枕元には濃いクマを作った祖父が、腕を組んで座っていた。

『エサを探しに来ていたリスがちょうど近くにいたから、その子を使い魔に。……(まもる)(かか)えて家まで連れていったのは、おとうさまだけれど』
『……そう、だったんだ』
 そのときすでに「おじさん」の姿はなかったし、前日のことも含めて、祖父も何も言わなかったから。
『……知らなかったな……。あのとき、俺が父親と一緒にここを離れていたら、おじいちゃんは死なずに済んだかな』
『醜く、欲深いアーユスだったわ。まるで闇鬼(アンデラ)なのかと思うほど。(まもる)がこの場所にいてもいなくても、あれらは行動を起こしたでしょう』
『そうだね……』
 
 わかってはいるのだ。
 相手の目的はこの血筋の断絶であり、あのとき自分は何の力もない、ただの子供だったと。
 だが、どこかで「自分などがいたから」という思いが消えない。

『俺も蒼玉(そうぎょく)がいなければ、母や祖父のように殺されていたね』
 さらりと。
 身を(かが)めた蒼玉(そうぎょく)の黒髪が流れて、その中に(まもる)を閉じ込める。
(まもる)がいなければ洞は崩され、わたしはそのまま地中で息絶えていたわ。……あなたがわたしを生かしたのよ』
 柔らかな唇が優しく、(まもる)の額に押し当てられた。
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