29 楠は演劇を観に行く
文字数 1,233文字
予報では最高気温が28度。
空の眩しさにも、薄着が目立ち始めた街の人々の服装にも、真夏の気配が感じ取れる。
「チーフ!」
と呼ばれて節子が振り返ると、楠がいた。
「お待たせしましたぁ!」
待ち合わせは12時45分だ。むしろ早い。
お昼前に待ち合わせ、軽くランチかお茶をして劇場に向かう、というのが本来の演劇の楽しみ方、と決まっている訳ではないが、節子はそうしていた。
少なくとも明日菜と一緒に観劇する場合などならば。
だが、今日は当の本人が出演者側である。
節子は明日菜の公演をよく手伝っている。
明日菜が主宰する劇団の公演ならば、節子も会場で作業に加わったりするが、今回のように明日菜が客演として出演する場合は、集客面での協力を主にしている。
客入りが心許ないと、節子が友人、知人、部下、同僚、親戚などに声を掛け、劇場に足を運んでもらうことがある。
直属の部下である楠にも、以前声を掛けた事があった。
公演後、思いのほか心に響いたらしく、次の機会があったら是非教えてください!と、前のめり気味に言ってくれたので、今回も誘ったという経緯がある。
楠も、今回は伏島を連れてくる、と言っていた。
伏島は楠の元上司で、今は別部署だがよく連絡を取ってると聞く。
節子自身も会議等で伏島の顔を見かけることがある。
わざわざ休日を割いて公演を観に来てくれたことは感謝に絶えない。
「楠?」と、節子は彼の隣にいる男性に目を向けた。
伏島ではない。線の細い、内気そうな男性だった。
「あれ、チーフ初めてでしたっけ?マネ部の時の後輩、緒川っす!」
「緒川です。今日は宜しくお願いします。」
と彼は丁寧に頭を下げた。
――こいつか…。ひろ子が酔っ払った時、良く名前が出てくる緒川はるか、だが会ったことは無かった。
節子にしては珍しく、無遠慮に相手の隅々をまじまじと眺めてしまった。
だがそれもほんの一瞬のことである。
「こちらこそ宜しく。伏島は?」
節子は緒川に軽く目だけで会釈し、楠に尋ねた。
「伏島さん、急用が出来てしまったみたいで、申し訳ありません、と。」
楠は事情を説明する。
「そっか…、わかった。今日は2人とも有難う。」
じゃあ行こう、と言って節子は楠と緒川の先を歩き始めた。
「緒川も演劇を観たりするの?」
節子は緒川に話しかけてみたかった。
「子供の頃、家族でミュージカルを観ました。」
ちょっとした会話をしただけだが、見た目の印象よりも芯があるのかもな。と節子は感じた。
「そっか。」と頷く。
「俺もミュージカル観た事あるっす!ライオンなんちゃらってヤツだったかなぁ。昔、付き合ってた彼女と行ったんすけど、終盤で、ライオン同志が戦うんすけど、その時、この人でなし!!!って叫ぶんすよ!ヤバくないすか!ライオンに人でなし!って言われるライオンってこれ絶対ヤバいですよね!」
楠の長い話に、緒川は健気に相槌を打ったが、節子は途中から聞いていなかった。
「ここ。」と節子が見上げながら言う。
会場に着いたようだ。
楠と緒川は節子に続いて階段を降りて行った。
空の眩しさにも、薄着が目立ち始めた街の人々の服装にも、真夏の気配が感じ取れる。
「チーフ!」
と呼ばれて節子が振り返ると、楠がいた。
「お待たせしましたぁ!」
待ち合わせは12時45分だ。むしろ早い。
お昼前に待ち合わせ、軽くランチかお茶をして劇場に向かう、というのが本来の演劇の楽しみ方、と決まっている訳ではないが、節子はそうしていた。
少なくとも明日菜と一緒に観劇する場合などならば。
だが、今日は当の本人が出演者側である。
節子は明日菜の公演をよく手伝っている。
明日菜が主宰する劇団の公演ならば、節子も会場で作業に加わったりするが、今回のように明日菜が客演として出演する場合は、集客面での協力を主にしている。
客入りが心許ないと、節子が友人、知人、部下、同僚、親戚などに声を掛け、劇場に足を運んでもらうことがある。
直属の部下である楠にも、以前声を掛けた事があった。
公演後、思いのほか心に響いたらしく、次の機会があったら是非教えてください!と、前のめり気味に言ってくれたので、今回も誘ったという経緯がある。
楠も、今回は伏島を連れてくる、と言っていた。
伏島は楠の元上司で、今は別部署だがよく連絡を取ってると聞く。
節子自身も会議等で伏島の顔を見かけることがある。
わざわざ休日を割いて公演を観に来てくれたことは感謝に絶えない。
「楠?」と、節子は彼の隣にいる男性に目を向けた。
伏島ではない。線の細い、内気そうな男性だった。
「あれ、チーフ初めてでしたっけ?マネ部の時の後輩、緒川っす!」
「緒川です。今日は宜しくお願いします。」
と彼は丁寧に頭を下げた。
――こいつか…。ひろ子が酔っ払った時、良く名前が出てくる緒川はるか、だが会ったことは無かった。
節子にしては珍しく、無遠慮に相手の隅々をまじまじと眺めてしまった。
だがそれもほんの一瞬のことである。
「こちらこそ宜しく。伏島は?」
節子は緒川に軽く目だけで会釈し、楠に尋ねた。
「伏島さん、急用が出来てしまったみたいで、申し訳ありません、と。」
楠は事情を説明する。
「そっか…、わかった。今日は2人とも有難う。」
じゃあ行こう、と言って節子は楠と緒川の先を歩き始めた。
「緒川も演劇を観たりするの?」
節子は緒川に話しかけてみたかった。
「子供の頃、家族でミュージカルを観ました。」
ちょっとした会話をしただけだが、見た目の印象よりも芯があるのかもな。と節子は感じた。
「そっか。」と頷く。
「俺もミュージカル観た事あるっす!ライオンなんちゃらってヤツだったかなぁ。昔、付き合ってた彼女と行ったんすけど、終盤で、ライオン同志が戦うんすけど、その時、この人でなし!!!って叫ぶんすよ!ヤバくないすか!ライオンに人でなし!って言われるライオンってこれ絶対ヤバいですよね!」
楠の長い話に、緒川は健気に相槌を打ったが、節子は途中から聞いていなかった。
「ここ。」と節子が見上げながら言う。
会場に着いたようだ。
楠と緒川は節子に続いて階段を降りて行った。