5 部長は芋女会で呑む
文字数 1,159文字
満月か…、と疋嶋丸は思った。
ベランダに出てぼんやりと夜空を見上げていると、向かいのタワーマンションのわずか上に丸い月を見つけた。
欠けてっちゃう満月より、14日目くらいの月が好き、みたいな内容の歌詞って誰の歌だっけ…。
私の満月っていつだったんだろう…、私の人生のピークってどこだったんだろう…。
「ちょっとひろ子!生涯最後の夜酌みたいな顔すんなよ!」
だいぶ酒の回った節子がバン!と背中を叩いてきた。うわぁ、と声を上げ危うくグラスから酒を零すところだった。そんなに景気の悪い顔をしていたのだろうか。
「閉めるよホラ。」と節子が中に入るよう促す。
「うん。」確かに風が出てきたかもしれない。
月に一度、会社の同期と元同僚の3人が集まって飲み会をしている。いつからかそれは《芋女会(いもじょかい)》と呼ばれるようになっていた。というのも疋嶋丸を含め3人とも無類の芋焼酎好きだったからである。
毎月持ち回りで誰かが大瓶を用意し、それを3人掛りで一晩のうちに飲み干すのが毎回の流れになっていた…。今月は節子と明日菜が一緒に旅行した時に買ってきた鹿児島の龍力(りゅうりき)の一升瓶であった。既に半分ほど空いている。
大森明日菜は疋嶋丸と同期入社してから3年ほどで会社を辞めた。その後演劇を学びたい、と言いアルバイトで学費を稼ぎながら専門学校に入った。
松田節子は同じく疋嶋丸と同期で、順調に業績を伸ばしていたがサッパリして勝気な性格が社風にマッチせず、3人の中で一番の出世頭の座を疋嶋丸に譲っている。
芯があって自由に生きる明日菜と、いつも大きく構えて揺るがない節子の2人とは気が合った。
こちらも既にだいぶ酔っ払った明日菜が節子に寄り掛かっただらしない恰好で言った。
「ひろ子はさ、頭良すぎるんじゃないかなぁ。パッと見て相手と一言二言話せば、どうしてこうなったか、何で失敗したか、が一瞬で分かっちゃう。でもミスした当の本人はその時点では原因に思い当たっていない、で、ひろ子はさぁ最初から問題の答えを教えてしまっては部下が伸びないからって、本人が自ら気付くように誘導する質問をするでしょ?多分その時ちょっと…なんてゆうか…。」と少し明日菜が言い淀み、
「そうね、意図せずに相手の心の急所を突いてしまうというか…。うん」節子が引き継いでくれた。
「それ気をつけてるんだけどなぁ…。キツくならないように注意してるの。早口にならない、大声にならない、相手に考える時間を与える、落ち度があなただけにある訳ではないとちゃんと伝えてる、それからなるべく笑顔で話しているよ。」
疋嶋丸が切実さを込めてそう言うと何故か明日菜と節子の2人が目だけで顔を見合わせ、
「…うん、だよね。」と2人がそろって微妙な返答をした。その口元に僅かな笑みが漏れている事に疋嶋丸は気付かなかった。
ベランダに出てぼんやりと夜空を見上げていると、向かいのタワーマンションのわずか上に丸い月を見つけた。
欠けてっちゃう満月より、14日目くらいの月が好き、みたいな内容の歌詞って誰の歌だっけ…。
私の満月っていつだったんだろう…、私の人生のピークってどこだったんだろう…。
「ちょっとひろ子!生涯最後の夜酌みたいな顔すんなよ!」
だいぶ酒の回った節子がバン!と背中を叩いてきた。うわぁ、と声を上げ危うくグラスから酒を零すところだった。そんなに景気の悪い顔をしていたのだろうか。
「閉めるよホラ。」と節子が中に入るよう促す。
「うん。」確かに風が出てきたかもしれない。
月に一度、会社の同期と元同僚の3人が集まって飲み会をしている。いつからかそれは《芋女会(いもじょかい)》と呼ばれるようになっていた。というのも疋嶋丸を含め3人とも無類の芋焼酎好きだったからである。
毎月持ち回りで誰かが大瓶を用意し、それを3人掛りで一晩のうちに飲み干すのが毎回の流れになっていた…。今月は節子と明日菜が一緒に旅行した時に買ってきた鹿児島の龍力(りゅうりき)の一升瓶であった。既に半分ほど空いている。
大森明日菜は疋嶋丸と同期入社してから3年ほどで会社を辞めた。その後演劇を学びたい、と言いアルバイトで学費を稼ぎながら専門学校に入った。
松田節子は同じく疋嶋丸と同期で、順調に業績を伸ばしていたがサッパリして勝気な性格が社風にマッチせず、3人の中で一番の出世頭の座を疋嶋丸に譲っている。
芯があって自由に生きる明日菜と、いつも大きく構えて揺るがない節子の2人とは気が合った。
こちらも既にだいぶ酔っ払った明日菜が節子に寄り掛かっただらしない恰好で言った。
「ひろ子はさ、頭良すぎるんじゃないかなぁ。パッと見て相手と一言二言話せば、どうしてこうなったか、何で失敗したか、が一瞬で分かっちゃう。でもミスした当の本人はその時点では原因に思い当たっていない、で、ひろ子はさぁ最初から問題の答えを教えてしまっては部下が伸びないからって、本人が自ら気付くように誘導する質問をするでしょ?多分その時ちょっと…なんてゆうか…。」と少し明日菜が言い淀み、
「そうね、意図せずに相手の心の急所を突いてしまうというか…。うん」節子が引き継いでくれた。
「それ気をつけてるんだけどなぁ…。キツくならないように注意してるの。早口にならない、大声にならない、相手に考える時間を与える、落ち度があなただけにある訳ではないとちゃんと伝えてる、それからなるべく笑顔で話しているよ。」
疋嶋丸が切実さを込めてそう言うと何故か明日菜と節子の2人が目だけで顔を見合わせ、
「…うん、だよね。」と2人がそろって微妙な返答をした。その口元に僅かな笑みが漏れている事に疋嶋丸は気付かなかった。