43 緒川は郵便受けを覗く
文字数 1,951文字
西の雲間の群青だけを残し、空は既に明るい。
真夏の早朝独特の、夜のうちに冷め切れなかったアスファルトの匂いを、緒川は久しぶりに感じた。
電車が動き出す時間に解散となった。
楠と伏島はそのままカラオケに行くことにしたらしい。
玲奈は方向が一緒だからと、途中まで六瀬と一緒に帰った。
六瀬は本日もイベントの手伝いらしく、少し仮眠をとったら出掛けるらしい。
緒川も帰路である。
駅から遠くもないがそこまで近くもない場所にある単身者用の木造2階建てに向かい線路沿いを歩いた。
ポケットでスマホが震えた。
電車を降りてからマナーモードを解除し忘れていた。
六瀬からだった。
皆との別れ際、チャットアプリでグループを作ったのだ。
同じグループにいるユーザーは個人的な連絡も出来る仕様になっているらしい。
緒川個人に宛てられいた。
六瀬です☆
あらためて今日はありがとうございました!!!
今後ともヨロシクお願いいたします!
スーツのお兄さんめっちゃかっこよかったです!
だった。
返信は帰宅してからにしよう、と思った。
アパートに着いて郵便受けを覗くと、小さな箱が入っていた。
メール便だろうか。
あ!もしかして!?
緒川は興る気持ちを抑えナンバーロックを開錠する。
165だ。
彼は番号を合わせる時、必ず声に出すことに決めている。
「ヒ…ロ…コ。」
と。
郵便受けのフタを開いて、箱を手に取る。
差出人に確認すると心当たりのある社名…。
箱は小さいがそれなりに重みがあった。
やはりそうだ。やっと届いた…。
急いで階段を駆け上がる。
部屋の鍵を差し込みまわし抜きドアを開け入り閉め乱雑に靴を脱ぎ部屋に駆け込み上着をベッドに放る。
大した運動量でもないのに少し息が上がっている。
冷蔵庫から、ミネラルウォーターのペットボトルを出しフタを開け飲む。
飲み終わり
そして息をつく。
注文したものが手元に届いた。
あとは部長に渡すだけだ!
彼はずっと探していた。
疋嶋丸が愛用していた万年筆を。
緒川のシャツを汚して以来、疋嶋丸はそれを胸にさしていない。
デスクに置いてある様子もない。完全に姿を消したのだ。
恐らく先端部分の部品が破損したのだろう。
修理が必要だが、何らかの理由でそれが出来ないのかもしれない。
例えば、既に部品を生産していない、とか…
部長にはあれが必要なんだ。
部長にまた万年筆を持ってもらい、またシャツを汚してもらいたい。
その一心が緒川に無辺無礙の力と発想を与えた。
そして彼は探した。
記憶を頼りに、インターネットで徹底的に調べた。
絶対にそれとわかるハズだ、と確信があった。
デザインはクラシックなタイプだったが、キャップに特徴的なロゴがあしらわれていたからだ。
本人に聞ければ良かったが、緒川にはその壁は越えられない。
世界中をネット経由で飛び回り、50社以上のブランドのwebサイトにアクセスし、時には問い合わせメールも送った。
公用語でないと返信をくれない場合もあった。
1か月半かかった。
そして見つけた。
なんとあれは栗樫〈kurigashi〉という日本のブランドの品物だった。
これには緒川も天を仰いだ。
灯台下暗し。足元からもっと光を当てるべきだった。
やはり栗樫は既に倒産し、現在の入手がほぼ不可能であった。
だが、製造元が分かればあと一息だ、と彼は思った。
オンラインフリーマーケットやオークションサービスで"栗樫"をキーワードに出品を探したが見当たらなかった。
が、万年筆を多く扱っている出品者を見つけ連絡を取る事が出来た。
突然の連絡を詫び、軽く自己紹介をし、栗樫というブランドの品物の情報を持っていたら欲しい、という旨を伝えた。
返事はすぐに来た。
驚いたことにその出品者は栗樫の品物を持っていると言う。
緒川は胸がめくれ上がるような興奮を抑えて、落ち着いてメールを返した。
差し支えなければ画像を拝見できますでしょうか、と。
次の返事もすぐに来た。
画像ファイルと共に。
緒川はひっくり返りそうな心臓を何とかなだめて画像ファイルをクリックした。
?!?!
これだ!!間違いない!!
声を上げそうになった!
急いで返信する。
この画像と同じ物を求めている者です。お譲り頂くことはできますか?
次の返事は少し時間がかかった。が、10分程でメール着信音が鳴った。
出品するつもりはありませんでしたが、どうしても御入用でしたら以下のお見積りとさせていただきます。
と、そのメールには再度、栗樫の万年筆の画像が貼られ、いくつかの違う角度から撮った画像と専用のケースに収めた画像があった。
そしてその下に取引金額が明記されている。
898,000円…。
緒川がどうやりくりしても準備できる金額ではない。
彼はしばし呆然自失していた。
緒川はこれが届く今日までを思い出していた。
届いたそれを、両手で胸の前に抱く。
大事そうに、希望の塊であるかのように。
真夏の早朝独特の、夜のうちに冷め切れなかったアスファルトの匂いを、緒川は久しぶりに感じた。
電車が動き出す時間に解散となった。
楠と伏島はそのままカラオケに行くことにしたらしい。
玲奈は方向が一緒だからと、途中まで六瀬と一緒に帰った。
六瀬は本日もイベントの手伝いらしく、少し仮眠をとったら出掛けるらしい。
緒川も帰路である。
駅から遠くもないがそこまで近くもない場所にある単身者用の木造2階建てに向かい線路沿いを歩いた。
ポケットでスマホが震えた。
電車を降りてからマナーモードを解除し忘れていた。
六瀬からだった。
皆との別れ際、チャットアプリでグループを作ったのだ。
同じグループにいるユーザーは個人的な連絡も出来る仕様になっているらしい。
緒川個人に宛てられいた。
六瀬です☆
あらためて今日はありがとうございました!!!
今後ともヨロシクお願いいたします!
スーツのお兄さんめっちゃかっこよかったです!
だった。
返信は帰宅してからにしよう、と思った。
アパートに着いて郵便受けを覗くと、小さな箱が入っていた。
メール便だろうか。
あ!もしかして!?
緒川は興る気持ちを抑えナンバーロックを開錠する。
165だ。
彼は番号を合わせる時、必ず声に出すことに決めている。
「ヒ…ロ…コ。」
と。
郵便受けのフタを開いて、箱を手に取る。
差出人に確認すると心当たりのある社名…。
箱は小さいがそれなりに重みがあった。
やはりそうだ。やっと届いた…。
急いで階段を駆け上がる。
部屋の鍵を差し込みまわし抜きドアを開け入り閉め乱雑に靴を脱ぎ部屋に駆け込み上着をベッドに放る。
大した運動量でもないのに少し息が上がっている。
冷蔵庫から、ミネラルウォーターのペットボトルを出しフタを開け飲む。
飲み終わり
そして息をつく。
注文したものが手元に届いた。
あとは部長に渡すだけだ!
彼はずっと探していた。
疋嶋丸が愛用していた万年筆を。
緒川のシャツを汚して以来、疋嶋丸はそれを胸にさしていない。
デスクに置いてある様子もない。完全に姿を消したのだ。
恐らく先端部分の部品が破損したのだろう。
修理が必要だが、何らかの理由でそれが出来ないのかもしれない。
例えば、既に部品を生産していない、とか…
部長にはあれが必要なんだ。
部長にまた万年筆を持ってもらい、またシャツを汚してもらいたい。
その一心が緒川に無辺無礙の力と発想を与えた。
そして彼は探した。
記憶を頼りに、インターネットで徹底的に調べた。
絶対にそれとわかるハズだ、と確信があった。
デザインはクラシックなタイプだったが、キャップに特徴的なロゴがあしらわれていたからだ。
本人に聞ければ良かったが、緒川にはその壁は越えられない。
世界中をネット経由で飛び回り、50社以上のブランドのwebサイトにアクセスし、時には問い合わせメールも送った。
公用語でないと返信をくれない場合もあった。
1か月半かかった。
そして見つけた。
なんとあれは栗樫〈kurigashi〉という日本のブランドの品物だった。
これには緒川も天を仰いだ。
灯台下暗し。足元からもっと光を当てるべきだった。
やはり栗樫は既に倒産し、現在の入手がほぼ不可能であった。
だが、製造元が分かればあと一息だ、と彼は思った。
オンラインフリーマーケットやオークションサービスで"栗樫"をキーワードに出品を探したが見当たらなかった。
が、万年筆を多く扱っている出品者を見つけ連絡を取る事が出来た。
突然の連絡を詫び、軽く自己紹介をし、栗樫というブランドの品物の情報を持っていたら欲しい、という旨を伝えた。
返事はすぐに来た。
驚いたことにその出品者は栗樫の品物を持っていると言う。
緒川は胸がめくれ上がるような興奮を抑えて、落ち着いてメールを返した。
差し支えなければ画像を拝見できますでしょうか、と。
次の返事もすぐに来た。
画像ファイルと共に。
緒川はひっくり返りそうな心臓を何とかなだめて画像ファイルをクリックした。
?!?!
これだ!!間違いない!!
声を上げそうになった!
急いで返信する。
この画像と同じ物を求めている者です。お譲り頂くことはできますか?
次の返事は少し時間がかかった。が、10分程でメール着信音が鳴った。
出品するつもりはありませんでしたが、どうしても御入用でしたら以下のお見積りとさせていただきます。
と、そのメールには再度、栗樫の万年筆の画像が貼られ、いくつかの違う角度から撮った画像と専用のケースに収めた画像があった。
そしてその下に取引金額が明記されている。
898,000円…。
緒川がどうやりくりしても準備できる金額ではない。
彼はしばし呆然自失していた。
緒川はこれが届く今日までを思い出していた。
届いたそれを、両手で胸の前に抱く。
大事そうに、希望の塊であるかのように。