11 部長は友人と話す

文字数 836文字

「昨日も言ったけどさ、私達ね、ずっと心配だったんだよ。」ナポリタンを食べながら明日菜が言う。
「私はさ、やりたい事だけやって生きてたし生きてくからさ、一人だけすぐ会社辞めちゃってさ、今もフリーターしながら劇団やって、周囲にもこの人にも沢山迷惑かけて、沢山助けてもらってるの。」明日菜は節子を見る。
「あたしは好きなように生きる明日菜をずっと見てたいだけ。」節子も明日菜を見た。しばしの間の後明日菜が続ける。
「でさ、ひろ子は私と真逆じゃん。周囲の人達のために自分がどうあるかを一番に考えて、ちゃんと期待に応えて周囲の求める役割を果たしてる。それ凄く凄いよ。」
明日菜がおかしな日本語で喋る時は、正直な気持ちを話してくれている時だ、と長い付き合いの中で疋嶋丸は知っていた。
「まぁこれでも何だかんだ仕事好きだからね。」と疋嶋丸は困ったように笑って言う。
「でもバランス悪いんだよひろ子は。自分の気持ち、全部後回しでしょ。」と節子は言った。口調は少々強かったが語調はむしろ穏やかだった。節子もまた、自分と真っ直ぐに向き合ってくれているのだ、と感じ疋嶋丸は胸を熱くした。

ふいに、でもおもむろに店長がテーブルに小皿を3つ置いた。
「サービス。抹茶とキャラメルと、こっちがカスタード」他の客の手前、少し小声で店長はそれぞれを指して言った。
「わぁ!ありがとう~!」
「美味しそう、有難う御座います。」
明日菜と疋嶋丸が声を上げ店長に礼を言った。
「うちらの好み、覚えててくれたんですね。」節子が驚いたように言うと、店長ははにかんで
「今日は有難うね、久しぶりに会えて嬉しかった。」と笑顔で言った。彼女達の大きな声のリアクションで店長の気遣いは無駄になってしまったが、常連客は別段気にした風でもなかった。

「私さ、私ね。」
口元を拭いて疋嶋丸は居住まいを正した。
――明日菜も節子も私を思ってくれている、だからこの親友2人には包み隠さず話していいんだ。
2人を交互に見据えて彼女は言った。

「やってみたい事があるの。」

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登場人物紹介

疋嶋丸ひろ子 (ひきしまる ひろこ)

36歳。部長を務めるマネジメント部は一般企業の総務と経理業務を受け持つ。ストレスで情緒不安定となっていたが趣味を持ち、人生が変わってゆく。



緒川はるか (おがわ はるか)

24歳。極度の口下手だが頭の中では"超"饒舌。部長に激しく叱責される事を至上の悦びとし、本来は有能だが叱られたいがためにわざとミスを繰り返している。よく夢をみる体質であり睡眠が浅い。

伏島 将太

31歳。同じ部署のグループリーダー。

落ち込んでいる緒川を慰めてくれる。

疋嶋丸を苦手にしているが一方で尊敬もしている。

楠 鼓舞 (くすのき こぶ) 

25歳。緒川の先輩。先日部署を移動し、現在は疋嶋丸と同期の女性上司、松田節子チーフの下で働いている。松田に連れられて観劇したことをきっかけに、女性シンガーソングライターを応援し、ライブ等に足を運ぶようになった。

永井玲奈 (ながい れいな)

24歳。同じ部署の女性社員。緒川に好意をよせているかもしれない。天然ぽく振舞っているが観察眼は鋭く策士である。

大森 明日菜 (おおもり あすな)

疋嶋丸の親友であり元同僚。演劇や音楽など、多彩な才能を持つが、運営は苦手で節子に手伝ってもらっている。

松田 節子 (まつだ せつこ)

疋嶋丸の親友であり他部署ではあるが現在も同じ職場にいる。

箱川 六瀬  (はこがわ むつせ)

20歳 ということになっているが本当は24歳。バイトしながら地下アイドルをやっている。明日菜の主宰する劇団にも所属している。

若林 武  (わかばやし たけし)

大物プロデューサー風のおじさん。

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