小説 スケッチ はだかの王様

文字数 948文字

 王立芸術協会のファッションショーに国王が参加されるらしい。流行の衣装には(うと)かったものの、国王がどのような衣装で舞台を歩くのか気になり、友人の誘いに応じてショーを見に行くことにした。

 シンメトリーが美しい宮殿に着くと、ランウェイが設置された回廊(かいろう)へと案内された。陽が沈み、外が暗くなるなか、数十メートル続く回廊の上に掲げられたいくつものシャンデリアには、数千本の蝋燭(ろうそく)に火が灯されていた。

「そろそろ始まるそうだよ。」

 友人のハンスがこういうと、音楽が始まり、まもなくすらりとしたモデルたちが姿を現した。どうやら舞踏の衣装をテーマにしたファッションショーらしい。古典的な衣装もあれば、現代的な衣装もあり、西洋的な衣装だけでなく、着物を着たモデルもいた。たいていはあの独特のウォ―キングをしながら歩いていくが、中には、仮面をつけて踊りながら回廊を渡るものもいる。ショーが始まるまでは、まったく予想しなかったのだが、胸中(きょうちゅう)高揚感(こうようかん)が起こるのをはっきりと感じた。

「ファッションショーに来るのは初めてなんだけど、こんなに華やかで楽しい世界だったんだね。」
「楽しんでくれて何より。おっ、国王のお出ましだ。」

 ハンスの言う通り、国王の姿が目に入ったが、その姿に私は度肝(どぎも)を抜かれた。王は何も身につけていなかったのである。国王は握手を交わしながら、笑顔で回廊を渡ってゆく。

「すばらしい。」
「このようなお姿にお目にかかれるとは。」

国王を()めたたえる声が聞こえてきたが、近くの人がささやくようにこう言った。

「デザイナーのポワレから、『飾らない自然体こそもっとも素晴らしい衣装でございます。無所有の美でございます。』こう言われたらしいよ。」

 ショーが終わり、自宅に戻ってもなかなか寝付けなかった私は、いろいろと思いを巡らした。

「Words, words, words. 言葉は人を動かし、世界を動かす。ドイツでは第一次世界大戦後のインフレやら恐慌やらで苦しんだ人たちに希望を抱かせたのは国家社会主義労働者党だった。Unsere letzte Hoffnung₁、ナチスが選挙ポスターに用いた宣伝文句は経済危機を経験する人たちにどれだけ響いたのだろうか。」




₁ ウンゼレ・レツテ・ホフヌングと読み、私たちの最後の希望を意味する。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み