第36話 友情

文字数 2,301文字

「ふん、確かに死体ですね。せっかく手足を修復したのに……まあ、あの勇者コンビを喰わせた後で、ゆっくり刻みながら、ケロちゃんに与えるとしましょうか」

 道に転がっているナナの身体を足でツンツン蹴っ飛ばしながら、ヴィンセントは独り言ちた。

「それにしても、本当に貧相な身体だ。
 私の知っているエリカ様は、もっと荘厳でお美しく、たくましくもあった。それを、仮住まいとはいえ、こんな貧弱な人間に寄生されるとは、本当に嘆かわしい。
 でもまあ、これでエリカ様の復活はない……あのお美しい姿のまま、私の記憶に生き続けるだろう……」

「はは、そりゃ光栄だな!」

「何!? ちょっと待て。お前、今確かに死んでただろ?」

「はは、そりゃ驚くよな。あたいもびっくりだわ。
 まさかこんな芸当が出来るなんてな!!」
 そう言いながらエリカはひょいと起き上がった。

「ひっ! 近づくな! 触るな! ただじゃ置かんぞ!」
「ほー。テイマーって、自分で何か攻撃とか出来るんだったっけ? 
 可愛いケロちゃんは、あっちで勇者達とじゃれあってるけどな!?」

「くそ! 一体何が……嫌だ! やめろー!!」
「あほかお前。そんなの通用する訳ねえだろ!」

 そう言いながら、エリカは全力でヴィンセントの顔面中央に、右ストレートを食らわせた。

 ズガン!!!
 ものすごい音がして、ヴィンセントの顔の骨が砕けたのが分かった。
 もちろん、意識も吹っ飛んで、白目を剥いている。

「あー。ナナ、すまん。
 せっかくイラが復元してくれた右腕、また壊しちまった……いててて」
「しょうがないなー。でも……早く、タイガさん達を助けに行こうよ!」
「ああ、そうだな」

 ◇◇◇

 ヴィンセントがナナの身体に近づくまでの間、エリカの魂はナナの魂と共に深層にいた。

「ははは。やってみるもんだな。ちゃんと出来たぜ、ダブル深層!
 その場の思い付きにしちゃ上出来だ‥‥‥ナナ」
「はははは……私もビックリだよ。でも……こうしてエリカの姿が見られたのって、あの由比ガ浜で身体取られた時以来だよね。あの時は、あんまりゆっくりあなたを見ていられなくて……うん。でもやっぱり、すごいカッコいい美人さんだね!」

「照れるからやめてくれ……で、これで、どうすんだい? 
 早急にマナを作らにゃならんが……」
「あのね……こうするの!」
 そう言いながらナナの魂は、思い切りエリカの魂に抱きついた。

「以前ね。おかあさんの事を思ったらすごくマナが出て……
 だから、エリカの事を思えば、同じ事が出来ないかなって」
「ああ、あの新宿のビルの時か……。
 あん時は、部屋中にお前のマナがあふれたもんな」
「だから……エリカ…………大好き!」
「あっ、ナナ。そんなとこ……それに、女同士はちょっと……でも、ま、いいか!
 あたいもあんたが大好きだよ!!」

 こうして表に魂が不在となり、一見して死体になった様に見えたナナの身体であったが、その深層では、お互いを思いやるナナとエリカが、とてつもない勢いでマナを生成していたのだ。

 ◇◇◇

「おーい。タイガ、イラ。待たせたな……」
「おっせーよ、魔王。こっちはマナ無しで、ほとんど素の人間と変わらんのだぜ。
 それをあんな怪物相手に時間稼ぎとか……で、テイマーはどうした?」

「ああ、すでに半殺し済だ。心配いらん。
 それじゃ、あとは任せろ。ホットドッグでも何でも作ってやるさ。
 今なら質量欠損クラスでも行けるぞ!」
「ちょっと……いくら結界の中でも、それはやめてほしいかな」
 イラがちょっと困ったように言い、プッと噴出した。

 ケルベロスは、タイガとイラのちょろちょろかわす時間稼ぎに大分お怒りの様で、しかもご主人様が気絶しているため、ほぼ本能むき出しで興奮状態だ。
 だが……。

「おいワン公! さっきはよくも手足を喰って頭までかじってくれたな!
 あたいの流儀は倍返し? いや三倍返しだったか? まあ、いいや。
 覚悟しやがれクソ犬! 紅蓮の炎(メガフレア)!!」

 エリカが大きな炎の火柱に包まれたかと思うと、それが太い縄上に分裂し、一瞬でケルベロスを炎の縄で縛り上げた。
 ケルベロスは身動きできず、ジリジリと肉の焦げる匂いが周囲に漂う。

「そんじゃ、駄犬! さよならだ……ウエルダン!」

 ケルベロスを拘束していた炎の紐が、瞬時に数倍の太さになり、ものすごい業火が、その肉体を焼き払っていく。

 そして数分後、ケルベロスはすっかり焼けて、灰だけがそこに残った。

「はー、やったな魔王!」
「ああ、あんたらもよくやってくれた……。
 おお、タイガ。ナナがお礼にキスしたいそうだ」
「え? マジ? そりゃ光栄だ」

 そういいながら、タイガはどこからともなくハンカチを取り出し、唇を念入りに拭き始めた。

「アホ! ほっぺただ!」
 エリカはナナと入れ替わり、ナナはタイガの頬に軽くキスをした。
「ウッヒョー。俺当分顔洗わねー」

「まったく。うちの脳筋バカは……でも、ダブル深層、うまくいってよかったよ。
 そんでさー魔王。ちょっとお願いがあるんだけれど……」
 イラストリアが歯にものが挟まったような言い方をする。

「あなた達、まだマナつくれるでしょ? 出来れば少し分けてくんないかな?
 ナナちゃんのボディ修復で、帰還用のカプセルまで使っちゃったんだよね。
 多分、今回の件を釈明しに、急いで帰らないといけないんだけど……」

「あー、イラがこう言ってるが、ナナ。どうする?」
「いいよ、エリカ。また深層で愛し合おう……」
「バカッ! あたいはそっちの気はないって……」
「ぷっ!」
「ふっ! はははははは……」

 結界も晴れ、月のあかりが綺麗な夜の街に、エリカたちの笑い声が大きく響いた。
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