第64話 憎しみの連鎖

文字数 3,006文字

「いやはや。突然、虫の息のお二人がテレポートしてきて驚きましたが……正直まだ予断を許しません。出来る限りの手は尽くしたのですが……さすがにこれだけ重症となると、賢者クラスのヒールでも助かるかどうか……」
 デルリアルが、イラストリアとフューリアの様子を教えてくれた。

「ああ、なんとか頼むぜ。それからこのリヒトとミルラパンもしばらく預かってくれ。でも味方って訳じゃねえから、勝手な事はさせんなよ」
「はい。それではヴィンセント共々、牢にでもつないでおきましょう」
 デルリアルの言葉に、リヒトが口を挟む。

「あー。もう少しいい待遇を期待しまーす。
 ねえ魔王いいでしょ? そのかわり一つ情報教えるからさー」
 そう言いながら、リヒトはエリカの耳元で小声で何かを呟いた。

「マジか!?」エリカが驚いて顔を上げる。
「うん。たぶん間違いないと思うよ。でも僕には関係ないしね」
「そうか、わかった。おいデルリアル。こいつらの待遇はもう少し客人扱いに寄せてくれ。それにしても……それをどうやって証明する?」

「あの、魔王様。こやつは一体なにを言ったのですか?」
 デルリアルが怪訝そうにエリカに尋ねた。
「ああ……いや。まだ秘密だ。この情報、使いどころが難しいんでな」

 そこへ魔族の伝令がやって来てエリカとデルリアルに告げた。
「報告します! カルパシィーの率いる魔軍、約四万がエルフ王国に攻撃を開始した様です!」

「なんと。いよいよ始まったか」デルリアルが低い声でうなった。
「それで魔王様。我々はいかがいたしましょう?」

「今の所は……静観しかねえだろ……」
 エリカもそう言って静かに眼を閉じた。
 
 今のあたいに奴の魔軍を止める力はねえ。それに魔軍の兵達はもともと仲間だった奴らだ。だが、これで力対力の総力戦をやっちまったら、魔族もエルフ側も相当な被害を出すだろう。それではますます、憎しみに憎しみを積み上げていくだけなんだが……そんな事もカルパシィーはわかんねえのか?

 そんなエリカの思考を読み取ったのか、ナナが深層でつぶやいた。
(もしかして、共倒れが狙いとか……)

「何! ナナ、お前今なんて……」
(だから……カルパシィーは、魔族とエルフ両方滅ぼすつもりなんじゃない?
 両方を恨んでるのは、ミルラパンさんだけじゃなくて……さっきのリヒトの話も関係ありそうだし……)

「そうか……そりゃ十分あり得る話だな。憎しみが憎しみを生む……か。
 やっぱり何とかしてこの戦止めにゃならん! しかし、どうやって……」

 エリカはしばらく打つ手を考えていたが、これと言った良い手が思いつかないまま夜になって、デルリアルが呼びに来た。
「イラストリア殿が意識を取り戻され、魔王様と話がしたいと申しております」

 デルリアルによると、イラストリアは峠こそ越えたが、まだすぐに動ける状態ではないらしい。会話も出来るだけ短くと念を押された。フューリアはまだ生死の境をさ迷っている様だ。

「賢者。具合はどうだ?」
 エリカがイラストリアに話しかけると、弱弱しい口調で返事があった。
「ああ、あんたとナナちゃんが無事でよかった。油断しちゃったよね。
 私、オドを壊されちゃって、当分復帰出来そうに無いわ。それで今の状況は?」

 イラストリアにそう問われ、エリカは把握している情報をかいつまんで説明した。

「なるほどね。魔族とエルフの共倒れか……だとるすと、リヒトの話を信じるなら魔族を切り崩した方が早いわね。エルフ王城にはサリーさんがまだいるはずだから、魔族の侵攻が止まればエルフ側は自制が効くはずよ。
 お願い、魔王。私の作ったワープポイントで王城に飛んで、すぐにこの事をサリーさんに伝えて! あの人なら多分何か手を思いついてくれるわ」

「ああ、わかった。ちょっと危ねえ橋になりそうだが、やれる事をやろうじゃねえか。いいだろナナ?」
(もちろん!)

 ◇◇◇

 エルフ王城内。
 カルパシィー率いる魔軍約四万が、北西部から一気に王国内になだれ込んで来たとの報に、国王と指導者達はパニック状態になっていた。一応、予め戦力を整えてはいたのだが、まさかこれほどの大軍がまとまって来るとは予想していなかった。

 勇者タイガと戦士コンスタンが討たれ、賢者イラストリアと僧侶フューリアも行方が知れない。勇者パーティーが不在な状況で、どう対抗すべきなのか誰も分かっていなかった。

「新勇者チームはどうした!」エルフ国王の言葉に、重臣が答える。
「新たに結成した勇者チームの五名はすでに魔軍に向かって進軍しております」
「今度の勇者も強いのであろう?」
「はっ。もちろん勇者の称号に相応しいスキルを持っております。あとは実戦経験さえ積めば……」

 そのやり取りを目の当たりにしていたサリー婆は、絶望的な感じがしていた。
(その実戦経験が大事なんじゃが……それにしても、イラもフューもなにしとんじゃ! 今の状況が分かっておらんはずはなかろうに。かといってわしがDさんところに出向くワケにもいかんし……)

 サリー婆は悶々としながら、国王のすぐそばで戦況の報告を聞いていた。
 そして……

「報告します! 勇者ザイン様、討ち死に!!」
「ああっ……」周囲から悲愴などよめきが起こった。
「国王様。こうなったらすぐにでも、勇者養成所の訓練生を総動員される方が……」

 そんな連中を前線に出しても、人柱が増えるだけじゃわい……サリー婆は暗澹とした気持ちで眼を閉じた。
 すると、王の近習の一人がサリー婆に近づいてきてそっと耳打ちをした。

「ご隠居様。ナナという人間の娘が、賢者様からの火急の要件だとの事で、ワープポイント経由でこちらに参り、控えの間に待たせてあります」
「何!? ナナが来たじゃと!」

 サリー婆は、ガバっと立ち上がったかと思うと、転がる様に控えの間にかけていった。そして控えの間で、エリカから状況の報告を受け、サリー婆は深いため息とついた。

「そうか。イラストリアもフューリアも戦力外か……ちゃんと回復してくれればよいのだが。それにしてもリヒトのそれは信用してよいのか?」
「どうだろうな。だがあいつは、自分の利益にならん事は絶対しない。カルパシィーとは関係ない所で暮らすって腹くくったんなら、あながちでたらめは言わねえと思うが」

「そうじゃな。しかし、カルパシィー……奴が人間じゃと!? 少なくとももう五百年は生きておろう。一体どういうからくりで。それに何のために魔族もエルフも滅ぼそうとする。
 ……それにしても、他の魔族達もが気づかんのに、リヒトはよく気が付いたな。まあ同じ種族でないと分からん事もあるのかもしれんがな」

「ミルラパンっていうドッペルゲンガー……ああ、リヒトのコレな……も、魔族とエルフ。そして実際に暴虐を働いた勇者達を憎んでいた。カルパシィーってやつもそんな所かも知れねえってナナは言ってる」
「なるほど。だとすると、人間移民の最初期に奴隷として連れてきたものの一人かも知れんな。今まで魔族という観点でしか奴の事は調べておらなんだが……急ぎ、調べ直させよう」
「ああ、早くした方がいいぜ。このままだと、明後日には魔軍が王城下に来ちまうぜ。あー、それから。できれば凄腕のヒーラーを至急デルリアルの所に派遣してやってくれ。それでフューリアも助かるかもしれん」
「わかった。お前、魔王のクセにかゆい所に手が届くの」
「いや、これもナナの意見だ……」


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