第27話 文化祭

文字数 2,061文字

 十一月に入り、各文化部も文化祭の準備に忙しい様だ。
 三年生は受験もあるので、もう下級生に任せてしまっている部活も多いのだが、書道部は元々人数が少ないのと、中山部長が成績優秀で、すでに推薦での進学が決定している事もあり、今だにナナ達後輩の面倒を見てくれている。

 このところ、例の勇者パーティーの追跡が目に見えて減って来ており、ようやくあきらめて他に行ったのかと、エリカはちょっと胸をなでおろしていた。

 今日も、ナナは書道部の部室で、練習に明け暮れている。

「で、結局。大切なものって、何にしたんだ?」
 エリカの問いにナナは、練習中の下書きを指した。
「ふふん。これ……『命』……まあ、わたしはもうなくしちゃったんだけどね。
 でも、無くして初めて大切さが分かるっていうか……」
「おい……」あまりに切なくて、エリカは後の言葉が続かなかった。

「来宮さん。今日、長谷川さんはお休み?」中山部長が問う。
「いいえ。授業中はいたと思うんですが……その後どうしたかは」
「そう……ちょっと心配ね。最近、あまり書けていないみたいだし……」

 ◇◇◇

 文化祭当日。

 書道部の展示で、ナナの書が貼り出されている。
 お世辞にもうまい書とは言えないが、中山部長は、今ある実力をのびのび出し切れた良い書だとほめてくれた。

 だが……長谷川いのりは、結局作品を展示出来なかった。
 あれ以降、彼女が部室に立ち寄る事はなかったのだ。

 ナナは、心配してクラスで彼女を問いただした事があるのだが、親に進学の事をうるさく言われており、部活どころではなくなってしまったとの事で、学校が終わると、一目散に塾に向かっている様だった。
 そのことを中山部長にも話をしたが、
「そういう事情だと、残念だけど、こちらからしつこくは言えないわね」
との事だった。


「ナナちゃん!」
 声のした方を見たら、タイガとイラストリアがいた。
 ナナは、文化祭の予定をイラストリアに教えていたのだ。 

(やべっ!) エリカは慌てて深層の最奥に引っ込む。

「おー、これがナナちゃんの作品か。いい味だしてるなー」
 タイガがべた褒めする。
「うーん。私も……この目で見られないのは残念だけど、なんか作品からオーラ見たいのが出てるようにも感じるよ」
 イラストリアも、実はちょっと見えているのを内緒で感想を述べた。
「二人とも、来てくれて有難う。
 私、誰も見に来てくれなかったらどうしようとか、ちょっと思ってたんだ……」

「来宮さん!」
「あ! 吉村さん」
 児童相談所の吉村さんも、ナナの様子を見に来てくれた様だ。

「来宮さん。元気そうだね。学校は楽しい? 
 それで、こちらの方々は、お知り合い?」
「はい! いまは、学校に来る事自体が楽しいです。それで、こちらはタイガさんとイラストリアさん。ひょんなきっかけで知り合ったんですけど、いろいろよくしてもらってます」
「そう、よかったわ。来年は三年生だし、年が明けたら、将来の事も相談しようね」
「……はい……宜しくお願いします……」そういうナナの声は小さかった。

「ねえ、来宮さん。今日、長谷川さんに会った?」
 中山部長が声をかけてきた。
「いいえ。朝から顔を合わせてませんが……」
「そう。別に怒っちゃいないのに……。
 文化祭といっても授業の一環なんだから、顔位出せばいいのに。
 サボリとは、感心しないなー」
 そういいながら、来客の父兄への作品説明をするため、戸口に戻っていった。

「お友達。何かあったの?」吉村さんが、職業柄か、心配そうに聞いて来た。
「いえ。なんか受験優先で親に部活禁止された友達がいて……。
 部長はその子を心配してるんです」
「そうかー。そういうの今多いんだよね。
 でも児相でも、そこまでは踏み込めないしなー。
 でも、なにか様子が変そうだったら、何でも相談してね」
 そう言いながら吉村さんは去っていった。

 ◇◇◇

 土日で文化祭が行われ、日曜の夜には後夜祭が催された。
 校庭の真ん中に木のやぐらが組まれてキャンプファイヤーが灯され、周りでフォークダンスを踊ったりする、今時珍しく古風な後夜祭だ。

 当然、カップルはくっついてるし、仲の良い友達同士でも肩を組んで踊ったりしている。
 ナナは、初日のエリカの挨拶がまだ尾を引いているのか、それほど親密な友達はいないし、唯一期待していた長谷川いのりは欠席という事で、校庭の隅っこで、ぼーっとその光景を眺めていた。

「ナナちゃん!」
 後ろで声がして、振り向くと、タイガとイラストリアがいた。

「ナナちゃん。せっかくだから踊ろうぜ!」
「でも、タイガさん達、ここの生徒じゃないし……」
「なーに、生徒じゃなくちゃ踊っちゃいけないという法はないだろ。
 真ん中行かなきゃ大丈夫だろ!?」

 そう言いながら、タイガとイラストリアが、ナナを挟んだ形で腕を組み、曲に合わせて、マイムマイムを踊りだした。

(なんなんだよ……こいつら……あたいじゃなくてナナが狙いなのか? 何で?)
 エリカもそうは思うが、楽しそうなナナを見ていると、まあいいかと思わざるを得なかった。



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