第63話 本音

文字数 3,381文字

「おやおや。エリカ様は戦意喪失みたいですね。まあ、そのナナの身体は後で、賢者たちの遺骸共々、私のスライム君たちの朝ごはんにしてあげますね」
 ヴィンセントが嬉しそうにそう言った。

「あのー、ミルラパンさん。ちょっと待ってくれないかな?」
「なんだリヒト、この期に及んで。
 これだけ近距離で囲めば、もう魔王に逃れる術はない。さっさと仕事を終えたいのだが」ミルラパンは不服そうではあったが、リヒトに言われその手を止めた。

「いやね。これで魔王エリカをやっつければあなたの気は済むだろうけど、僕がちょっとね。もう少しナナにはひどい目にあってもらわないと気が済まないというか」
「何を分からん事を。私の光刃でこの身体を切り刻めば文句は無かろう」
「でもそれだと、ナナの魂は気絶したままなんで、何にも苦しまないでしょ? 
 それは納得できないなー」

「あほかリヒト! お前は何戯言を言っている! ミルラパン、構わないからザクっとやってしまいなさい!」ヴィンセントが叫んだ。

「ああっ……て、何だ!?」
 ミルラパンがエリカに目を向けると、ナナの身体が金色に輝いている。
「あっ、これ知ってるよ。全身強化(サイヤジン)ってやつでしょ? 新宿で一回見たよ!」
 リヒトが楽しそうに言う。
「ちっ!」ミルラパンがすぐに光刃を動かそうとしたが、微動だにしなかった。

「ふざけるなエリカ! 観念したんじゃねえのかよ!」ミルラパンが吼える。
「だめだよ! エリカが観念しても私はあきらめてないから!!」
「な、ナナ!? それじゃこの魔力はあんたが……」
「ふふふ。私、防御魔法の方が上手だってほめられたんだ!」

(ナナ、すまねえ。これお前の身体なのにな。
 ホルミネ村って聞いて一瞬弱気になっちまった……)
(今はいいからエリカ。とにかく状況を打開しないと)
(ああ、そうだな)

「馬鹿野郎! リヒトがぐだぐだ言ってるから、ナナが眼を覚ましたじゃないか! 
 さっさと何とかしろ。ミルラパン!」
 ヴィンセントがあわてて怒鳴り散らす。
「何とかと言われても、まさかナナの魔力がこれほどとは……」
 ミルラパンが作りだす光の刃は、片っ端からナナの魔法障壁に弾かれていく。

「あー。うっせえぞヴィンセント。
 やっぱお前は、前回とどめさしとくべきだったよな。
 そいやっ!!」
 そう言いながら、エリカはおもむろにジャンプして、ヴィンセントの顔面に拳を入れ、ヴィンセントは顔面を潰しながら数m吹っ飛んだ。

 そしてエリカが、リヒトとミルラパンの方に向きを変えて言った。
「おいリヒト。お前、どういう了見だ? どうしてナナが目覚めえるまで待った?」
 その言葉に、ミルラパンが動揺しながらリヒトに詰め寄る。
「えっ? ちょっと、それほんとなの?」

「あー、いや。やっぱりナナの状態でヒーヒー言わせないと気が済まないというか……それより、ミルラパンさん。もうかたき討ちは終わりにしない? 
 勇者達も滅んだし、エルフ達もマスターがお仕置きしてくれるだろうし……エリカにはさっさとナナに身体を返してもらって引退してもらおうよ。そしたら僕がナナをいたぶるから」

「なんだそれ! いったいどういう了見だ!!」
 エリカとミルラパンの声がハモった。

「何って……ミルラパンさん。そんな恨みや憎しみ背負って生きてくより、僕と平穏にこの世界で暮らしていかない? 僕は自分がよければそれでいいんだよ。あっ、これってプロポーズなのかな?」
 リヒトの言葉に、呆れているのか驚いているのか分からないが、ミルラパンは微動だにしない。

(エリカ! 今のうちにイラストリアさんとフューリアさんを!)
(あっ、そうだな。そんじゃ、ギガテレポート!)
 エリカが詠唱したとたん、倒れていたイラストリアとフューリアの身体がその場から消えた。助かるかは分からないが、とりあえずデルリアルの本拠地に送ったので善処してくれるだろう。ついでにぶっ倒れていたヴィンセントも送り付けたのでそれも善処してくれるに違いない。

 さて、あとは目の前の二人だが……リヒトが変な事を言い出して、ミルラパンはすっかり毒気を抜かれてしまっていた。
 こうなってしまうと、マナがふんだんに使えるこの世界で、この二人ではエリカには勝てないのは明白だ。

「おい、ドッペルゲンガー。無理にとは言わんが、一度話し合ってみないか?」
 エリカのその言葉に、サリー婆の姿をしたその魔族の少女は、力なく地面に腰を落とした。

 ◇◇◇ 

「いや、詫びてどうなる事でもないんだが……本当に申し訳ない。ホミルネ村の件は、あたいの判断ミスだ。対応を誤っちまった。まあ、ミスはしょっちゅうなんだが、あれはあたいの三本の指にはいる黒歴史だ」
「何をいまさら……あの時、私は両親も兄妹も友人もみんななくした。それもみんな悲惨な死に方だったんだ。
 私がたまたま生き延びたのは、その無念を晴らすためだ!」

 感情的なミルラパンを制する様にリヒトが口を開いた。
「無念は分かるけど……それでせっかく生き延びた君の人生が恩讐で染まっちゃ、死んじゃった家族もそれこそ無念でしょ。戦争なんて、誰かが百%悪いなんて事ないから。それにやったのは勇者連中でしょ? そいつらは今回恨み晴らせたし、もう君が手を血に染めなくてもいいと思うよ」

 ナナが表に出て来て言った。
「リヒト。そう言うところ相変わらず、偽善者のエセ博愛主義者だよね。まあ、私はあんたへの恨み忘れてないから。でも……その村で虐殺行為をやったのは、百年以上前の勇者達だよね?
 タイガさんやイラさん達は全然関係ないよ。それこそ逆恨みじゃない。
 あなたの復讐心を、そのマスターって奴に利用されたんじゃないの?」
 ナナの言葉に、ミルラパンは黙ってしまい何も言い返さなかった。

「ああ来宮さん。あんまり彼女を責めないでよ。百年以上その思いで生きて来てるんだ。すぐには切り替えられないさ。でも、これからは僕が変えて見せるさ」
「なんだよリヒト。えらくこいつの事を気に入ってるみたいじゃねえか」
 エリカが表に出て来てそう尋ねた。

「ああ。今はお婆さんだけど、本当の姿はすっごい美少女なんだよ! しかも、一度見た人には、寸分たがわず変身出来るんだ。これってすごくない? 憧れのスターでもアイドルでも……だれとでも付き合い放題なんて、男のロマンだよ!」
 興奮気味なリヒトに、ミルラパンがぼそっと話す。
「本当の姿はあんたにも見せた事ないから……」

「……で、どうすんだよこれから。
 お前達このままじゃマスターの所に帰れねえだろ?」
 エリカの言葉に、リヒトが返す。

「別に帰らなくてもいいよ。マスターが勝とうがエルフ側が勝とうが知ったこっちゃない。あっちもぼくらの生死なんか気にしていないだろうしね。
 僕の希望は、こっちの世界でミルラパンさんと健康で平和に暮らす事と、来宮さんがちゃんと復活したら、思い切り意趣返しする事だけだしね」
「なんだよそれ。リヒト、お前もしかしてナナにホレてんのか?」
「いやだな。何ふざけた事言ってんのさ……でも、もしかしらそうかも」

「ちっ、まあいいや。で、ナナどうする。このままこいつら息の根止めとくか?
 後でまた絡んでこんとも限らんぞ」
 エリカが呆れながらそう言ったので、ナナが表に出て来て言った。

「リヒト。あなたがこっちの世界でおとなしく暮らすって言うなら私は何も言わないし、今後エリカに手も出させない。でも、私に絡むのはやめてくれない? 正直もうあなたの顔見たくないから、それが出来ないって言うなら、この場でエリカに絞めてもらう」

「……わかったよ。君に絡むのはあきらめるよ」
「そうして頂戴。それにしても人間のあなたと魔族のミルラパンさんでうまく行くのかしら。せいぜい愛想つかされない様にしなさいよね」
 ナナの言葉に、サリー婆の姿のミルラパンが顔を赤らめながら言った。
「ちょっと。私はまだ、リヒトと暮らすなんて了解してないからね!」
「はは、ミルラパンさん。ツンデレ」

(やれやれ。ナナもリヒト相手に臆する事なく、ずけずけものを言う様になったじゃねえか)
 ナナが成長している気がして、エリカはちょっとうれしくなったが、まだ問題は山積みだ。とにかく、イラストリアとフューリアの事が心配だ。

 エリカは、リヒトとミルラパンを捕虜として、デルリアルの拠点に連行した。
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