第30話

文字数 3,148文字

 キングの取引と安藤の持って来た話とを合わせ、都合四キロの覚せい剤を短期間のうちに捌く事になった。特に安藤の話は手持ちの覚せい剤を考えた時、非常に助かった。三ツ矢は安藤の連絡を待った。安藤から話を持ち掛けられてから三日後の夜、急だが今夜はどうだと連絡があった。
(構わない。取引の場所は何処だ?)
(新宿七丁目のタワマン。詳しい場所は俺が知っている)
(分かった。ならば今すぐ車であんたのヤサ迄迎えに行く)
(そうしてくれ。じゃあ、待っている)
 電話を切った三ツ矢は、現金をリュックサックに詰め、万が一の為にベレッタM85を腰のヒップホルスターに差した。横浜分室から与えられているプリウスを運転し、百人町の都営住宅に向かった。安藤の住む棟の下に着くと、電話を掛け下で待っていると安藤に伝えた。五分とせず安藤がやって来た。
「早かったな」
 安藤が三ツ矢に向かってにやりとしながら言った。
「何だか久し振りの取引でわくわくするよ。下村さん、今日はピストルはなしですよ」
「分かった」
 安藤には拳銃を持って来ているとは言わなかったが、恐らく使う事は無いだろうと三ツ矢は思っていた。安藤の道案内で取引場所の新宿七丁目のタワマンに着いた。
「ここの二十五階が取引場所だ。売りたがっている人間は、今は中田会とは関係なく、趣味で覚せい剤をやり、たまにこうして売る時もあるんだ」
「成る程ね。シャブの売人にしては随分と洒落た所に住んでいると思ったよ」
「やくざとの関りは断ち切ったが、反社の半グレ集団とは繋がりがある。その関係でまとまった金が必要らしいんだ」
「東京連合とかか?」
「ああ、そうだ」
 安藤が、マンションのエントランスからインターホンで来意を告げる。ドアが開いた。安藤が先頭になってマンションの中に入って行く。エレベーターで二十五階へ向かった。二十五階のフロアへ降りると、エレベーターのすぐ横の部屋へ安藤は向かった。インターホンを押す。
(開いてるよ)
 その声が三ツ矢にも聞こえた。
「早かったな。もう少し遅れるかと思った」
 全身黒のコーディネートで身を包み、ホームバーのスツールに腰掛けたロン毛の男が言った。他に四人の男達がいた。
「取り引きでの時間厳守は必須ですからね。あ、紹介します。今回の取引の金主です」
 安藤がその男に三ツ矢を紹介した。
「下村だ。宜しく頼む」
「じゃあ、早速始めようか。値段はグラム八千円。量は一キロ。どうかな」
「問題無し」
 そう言って三ツ矢はリュックサックから八百万を差し出した。先方が金額を検めている間に、先方から差し出された覚せい剤のパケを安藤が調べ、そのうちの一つから微量の覚せい剤を取り出して自前の注射器で試し射ちをし、一分とせずに、
「こりゃあ上物だ」
 と言った。
「取引成立だな。今回に限らず、この先も取引出来たら頼むよ」
「こちらこそ。ねえ下村さん?」
「勿論です。これだけの上物をキロ単位で取引出来るのはそうそうありませんからね」
「そうだね。今、新宿に限らず東京中から中田会はシャブの取引から追い出されている状態だから、纏まった取引が出来る相手を何処も探している状態だ。うちにとってあんた方は女神みたいなもんだな」
 ロン毛の男が喋る。
「じゃあ、今後も互いが良きパートナーとなるべく乾杯といこうか。清水、ドンペリ開けよう」
 清水と呼ばれた男が、ワインやシャンパンが収められている冷蔵庫からドンペリを出し、シャンパングラスを全員分渡した。ドンペリを全員に注いで行く。
「乾杯」
 ロン毛の合図で皆、グラスの中身を飲み干した。
「じゃあ、今日はこれで。何かあったらこの安藤に連絡してくれ」
「OK。きっとあんた達とはこれからも付き合いが長くなると思うから宜しくね」
 三ツ矢はロン毛の男に軽く会釈をし、その場を離れた。プリウスに乗り込むと、安藤が、
「マジで上物のだよ。それをグラム八千円とは余程纏まった金が欲しかったのかな」
 と言った。
「きっと東京連合の上納金の一部になるんじゃないかな。あそこはやくざよりも上納金が高くて、取り立ても厳しいらしいから」
「そうかも知れないね。今回のブツ、どうするの?もしまだ決まっていなかったら、俺に捌かせて」
「今回のブツは、キングとの取引に使うんだ。あんたに少しは報酬としてネタを回してやりたいが、今回は我慢してくれ。その代わり、次回はあんたにもネタを回す」
「しょうがない。次回ネタを回してくれる話は本当だね?」
「ああ。本当だ」
 安藤を百人町で降ろす。三ツ矢は初台のアジトへ向かった。今日仕入れたネタと、今現在アジトに隠してあるネタを合わすと、キングとの取引で使う他に、資金作り用の分量が確保できた。
 三ツ矢はキングとの取引の日を決めるべく、キングのアジトへ出向いた。この日はキングは出掛けていて、吉良が相手をした。
「準備が出来た。取引はいつでも構わない」
 そう三ツ矢が言うと、
「その言葉を待っていたよ。明日ならどうだ?」
「いいよ。場所と日時は?」
「場所は、ここ。日時は夜の八時でどうだ」
「俺は構わないが、ここで取引なんてしてもいいのか?」
「うちとしても、此処じゃなく何処かのマンションの一室とかでも良いのだが、下手な処で取引すると、帰り道に警察の自ら隊に職質を受ける可能性があるからね。そんな時にキロを超えるブツを持っていたら寒いだろ。だから信用の於ける相手との取引は此処でするんだ」
「それは言えるな」
「あんたはマトリだから、警察の職質なんか関係ないだろうけど、うちらはそうはいかないんでね。じゃあ明日の夜。時間厳守だよ」
「分かっている。じゃあな」
 三ツ矢は明日の取引を横浜分室へ連絡しようかどうか迷っていた。連絡をすれば、キング逮捕に向けての指示が出る。自分のWという立場はどうなるのか。仮にキングを逮捕出来たとして、その後の自分にどう変化が起きるのだろう。キング側からの脅しは終わるのか。終わるのなら、今すぐにでも横浜分室へ電話を掛け、明日の取引の件を告げる。そうすれば自分のWとしての役割も終わりを告げる。そうしたい。そうしたいが、三ツ矢は躊躇った。明日の取引は隠密に行うべきだ、そういう結論に落ち着いた。その夜。三ツ矢は初台のアジトのベッドで眠れずに悶々としていた。
 取り決めた時刻通り、三ツ矢はキングのアジトに着いた。最上階に行くと、キングと側近の吉良に、三人の男達が待っていた。
「先に身体検査をするよ。中田会のようにチャカでやられたのでは敵わないからな」
 吉良がそう言うと、三人の男達が三ツ矢を身体検査した。腰のベレッタM85がすぐに見つかった。
「物騒な物をお持ちですね。これは頂きますよ」
「取り引きが終わったら返してくれないかな」
「それはキングが決める事」
 吉良はそう言って、押収したベレッタM85を手に取り、遊底をスライドさせて薬室の弾丸を一発弾き出した。そして、マガジンを抜くと、テーブルの上に置いた。ベレッタM85の他に、武器になるような物は出て来なかった。
「じゃあ、早速取引しよう」
 キングが吉良に言って現金入りのバックを三ツ矢に見せた。
「そっちもブツを見せてくれ」
 三ツ矢は覚せい剤の入ったスポーツバックを吉良に渡した。吉良は、それを受け取ると、別な男に渡した。その男は、バックから覚せい剤の一包みを手に取り、アイスピックで穴を開け、少量の覚せい剤を出した。それを薬品のような物に溶かし、色の変化を見ていた。
「純度百%のネタです」
 男の言葉にキングは頷き、
「下村さん、あんたを信用して正解だったね」
 吉良がキングの言葉を引き継いで、
「本当にあんたはマトリか?まあ、それは冗談だけど。いずれにしても、これからも今日のように頼むよ」
 と笑いながら言った。
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