第3話

文字数 3,034文字

 三ツ矢は夜の歌舞伎町へと向かった。狙いは路上でバイ(売り)をしている覚せい剤の売人探しだ。夜遅くなっても人でごった返している歌舞伎町では、覚せい剤の売人も雲霞の如く現れる。探すのに手間が掛からない街だ。売人を探す理由は、キングに繋がる売人と接点が持てれば、それをきっかけにキングの懐へ入れたらと思っているからだ。過去、マトリでキングの懐へ入れた者はいない。ガードの固さは想像以上だ。それを三ツ矢は突破してみようと思っている。
 歌舞伎町一番街を抜け、旧コマ劇場の横にある薬局の場所が、一番売人が集まっている所として有名だ。マトリの人間のみならず、警察の人間もその辺は周知の事実だ。三ツ矢はまずそこへ行ってみた。ゆっくりと辺りを大袈裟にならないように見渡し、歩いてみる。風俗やキャバクラに居酒屋のキャッチの他に、見たところ売人は三人。遠目に見ていると、キャッチ連中に紛れ、これはと思う人間に声を掛けている。一組商談がまとまったようだ。客が金を渡すと、メモ用紙と鍵のような物を売人から貰い、何度か頷いていた。客はその場を離れた。恐らく、別な場所にブツが隠してあるのだろう。直接ブツのやり取りをしないあたりは、売人も賢い。客が歩いて行った方向を見ると、近くにあるコインロッカーに向かっていると思われた。三ツ矢は念の為、客の後をつけた。
 客が向かった先は、案の定コインロッカーだった。鍵はコインロッカーの物なのだろう。客はコインロッカーを開けると、中から封筒のような物を取り出していた。三ツ矢は怪しまれないようにゆっくりと客の傍へ行き、自分もコインロッカーを使用するような仕草を見せながら、客を横目で観察した。ちらりと見たところ、封筒にはポンプ(注射器)と小分けにされて小さなビニールに入っている白い粉が見えた。客は、横にいる三ツ矢に気付き、慌てて封筒をポケットにしまった。
 三ツ矢は、その客にネタを売った売人に狙いを定める事にした。元の場所へ戻る。先程の売人はまだいた。近寄ってみる。怪訝そうな顔をして三ツ矢に視線を送る。
「何見てんだ」
「薬、売ってくれ。幾らだ?」
「薬ってなんだ。薬ならそこの薬局で買え」
「薬局では売っていないやつが欲しいんだ」
「……金はあるのか?」
「グラムで売って欲しい」
「お前、本物のジャンキーか?」
「見えないか?」
「余り人をおちょくると、無事には帰れないぜ」
「俺はおちょくりに来た訳じゃない。兄さんから薬、ヤクを買いたいだけだ」
「俺が売人だって誰から聞いた?」
「他人に聞かなくても、ここに十分もいれば分かるさ」
「分かった。売ってやる。一グラムで良いんだな?」
「もっとでもいい」
「今手元には五グラムのパケしかない。金額は二十万だ」
 売人の言って来た金額に、三ツ矢は笑いそうになった。五グラム二十万は、完全に末端価格だ。末端の価格で交渉しようとしている売人は、明らかに末端のジャンキー相手のしがない売人だと言う事になる。
「二十万で構わない」
 三ツ矢はそう言って、ジャケットの内ポケットから札入れを出し、わざと売人に札入れの中が見えるようにしながら、十枚一組にした一万円札を二十枚抜いた。
「随分景気が良さそうだな。もし五グラムで足りなければ、時間をくれればもっと用意するぞ」
 売人が三ツ矢の札入れの中を目にしたものだから、急に態度が変わり、これは太客になると値踏みした。
「今夜はこれでいい。ブツは何処で受け取るんだ?」
「今から渡すコインロッカーのカギを持って行け。コインロッカーの場所はそこの居酒屋の横の路地を入った所だ。ネタはそこにある」
「分かった。じゃあ鍵を貰おうか」
「これだ」
 三ツ矢は鍵を受け取り、先程客を追ったコインロッカーへと向かった。23番のコインロッカーを開けると、茶色の封筒があった。中味は確認せず、三ツ矢は売人の所へ戻った。
「まだ何かあるのか?」
「兄さんはいつもここに居るのか?」
「ああ。大体は此処でバイをしてる。何時でも来ればいい。ネタは混ぜもん無しの上物ばかりだから、他の奴から買うのが馬鹿らしくなるぜ。値段も次にはもう少し安くしてやるよ」
「分かった。次も兄さんの所へ来させて貰うよ」
 三ツ矢はそう言って、その場を離れた。ここ迄の流れの中で、三ツ矢はその売人を値踏みしていた。三ツ矢が見た所、その売人は割とガードが甘く、余り人を疑うと言う事が無さそうだ。この人間ならば、キングへの橋渡しと言うよりも、寧ろ手懐けてこちら側の人間に仕立てると言う手もある。つまりS(スパイ)だ。間違いなくあの売人もポン中だろう。自分でネタを試し射ちし、その分を売人で稼いでいるに違いない。ネタを奴の顔の前にぶら下げてやれば、簡単に落ちる筈だ。
 その日は、真っすぐ歌舞伎町から戻った。買った五グラムの覚せい剤を調べて見たが、売人が言う程上物では無かった。これはチャンスと三ツ矢は思った。ネタの良し悪しで奴を揺さぶる。最後にはこっちの言う通りにしてしまう。シナリオが出来た。三日後の夜。その日は車で新宿まで行った三ツ矢は、再び歌舞伎町の路上にいた。
 薬局の方へ行くと、例の売人が薬局の前でしゃがんでいた。棒付きキャンディーをしゃぶりながら、通行人を品定めしている様は、初めて見た時と同様だ。三ツ矢が傍へ行くと、売人が、
「よう。この前は楽しめたか?良いネタだったろう」
「それがそうでもなくてね」
「なんだ、あれだけのブツでたんまり遊べたんじゃなかったのかい?」
「ああ。あれが上物というのは少々無理があると思うがな」
 三ツ矢が睨みつけるような仕草を見せ詰め寄る。
「まあ、そう尖がるな。仕方ねえんだよ。今入ってきているブツはみなあんなもんなんだ。あれでもうちの方では一切カルキとかの混ぜ物は入れてねえんだ。あの程度で文句言ったらブツは入って来ねえ」
 申し開きをする政治家みたいに売人は言い訳を言った。三ツ矢は更に売人に詰め寄った。
「あんな物を上物だと言って売って歩くのはどうかな。ネタを戻すから金を返せ」
「一度売った物を返品に応じると思うか。田舎もんが歌舞伎町の決まり事も知らず、余り大きい態度取るんじゃねえよ」
 その場が険悪なムードになって来た。三ツ矢の思う壺だ。更に追い込む。
「歌舞伎町が一番なんて思っているんじゃないぞ。払った金を素直に寄越せ。受け取ったネタはこれだ」
 いつの間にか他の売人達も、何事だと言わんばかりに三ツ矢と売人をやや遠目に取り囲んだ。今夜はこの前より売人の数が多い。
「皆、聞いてくれよ。この頭の可笑しいポン中が三日前に買ったネタを返すから、払った金を返せって言ってるんだ。歌舞伎町の決まりも知らない田舎者を黙らせてくれ」
 周りの売人にそう言うと、他の売人達が三ツ矢ににじり寄って来た。すると、一人がいきなり蹴りを三ツ矢に入れようとした。三ツ矢はその蹴りを躱すと同時に、軸足の膝裏に蹴りを入れて一撃で斃してしまった。倒れた売人は蹴られた膝裏を抱えながら悲鳴を上げた。たったそれだけで、他の売人達は腰が引け、少しずつ三ツ矢から離れた。三ツ矢は、尻餅をついて口を開けてポカーンとしている例の売人の傍へ行き、
「俺をどうしようと考えたんだ?人数が多ければ俺がお前に頭を下げるとでも思ったか?さ、付き合って貰うぜ。さあ、立て」
 三ツ矢に促されて、売人は嫌々ながら立ち上がった。ズボンのベルトの腰辺りを掴み、売人を三ツ矢は自分が乗って来た車へと誘った。
 
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