第12話

文字数 3,017文字

 安藤を佐山と名乗った闇医者に託すと、闇医者は安藤の傷口に手を突っ込み表情を曇らせ、
「死体になったら面倒は見ないからね」
 と言って来た。
「芳しく無いのか?」
「弾丸が腸を貫通して腎臓に迄達している。何とか手を尽くしては見るが、期待はするな」
 安藤は微かに息をしていたが、素人目に見ても助かりそうもなさそうに見えた。
「先生、なんとか助けてやってくれ」
「期待するな」
 五十代かと思われる闇医者の佐山は、冷たく言い放った。
「金はいくらかかっても構わない」
「それは、ありがたいが、そういう話はこいつの治療が終わってからだ。それまでは話し掛けるな」
 佐山はそう言うと、治療室の奥にあった冷蔵庫から、血液のパックを取り出し、安藤の腕に注射し輸血を始めた。
「A型でよかったよ。在庫で丁度あった」
 佐山が独り言のように言った。佐山は、一人で黙々と安藤の治療をした。そのてきぱきとした動作は、見ていてほれぼれする位で、三ツ矢は何処か安心感を覚えた。
 弾丸の摘出と損傷した腎臓の一部を切除部分と、傷口の縫合で一時間以上かかった。ラテックスの手袋を取り、マスクを外した佐山は手を洗いながら、
「死神に愛されていないのなら、多分助かる」
 と言った。
「ありがとうございます。で、費用は幾らですか?」
「普通の患者じゃないから、ちょっと高いぞ」
「構いません」
「一千万と言いたいが、それは無理だろうから半分の五百万でいいよ」
 三ツ矢は、すぐにリュックサックから五百万を出し、佐山へ差し出した。
「悪いな。これで暫く好きな博打が打てる。まだ動かすのは無理だからな。抗生物質と痛み止めを多目に処方して置くよ。とにかく絶対安静だ」
「分かりました」
 麻酔で眠っている安藤を一階へ下ろすのは大変だった。佐山の助けを借り、車へ行くと、後部座席へ横たえた。三ツ矢は安藤の自宅である百人町の都営住宅へ向かった。大久保からはすぐそこだ。安藤の住む都営住宅へ着くと、先ず安藤が同居しているキャバ嬢の亜紀を呼んだ。
「部屋へ上げるのを手伝って欲しい。怪我をしているんだ」
 亜紀は訳が分からず、ただ三ツ矢の言いなりのなった。寝室へ運ぶ。安藤はまだ薬が効いているようで眠ったままだ。
「一体どうしたって言うんです?」
「安藤が目覚めたら説明して貰うといい。それと、絶対安静だからな。薬を置いて行く」
 三ツ矢はそう言うと、部屋を出て行った。
 明大前のアジト迄帰る道すがら、三ツ矢はこの日あった事を思い返していた。中田会は、完全に自分の命を狙いに来た。取引と偽って。自分が前回の取引で行った行動が、今回の事件の引き金になったと言える。それによって、安藤が生死の境を彷徨っている。一歩間違えれば、自分が安藤の立場になっていた。
 三ツ矢は考えた。この先まだ中田会は自分を的に掛けるだろう。ならばどうするか。いっそ中田会を罠にはめて、マトリで一網打尽にしてみるか。この考えが浮かんだ時、三ツ矢はこれは名案だと思った。中田会の息の掛かった売人を探し、取引を持ち掛ける。こっちは中田会とは知らずに取引場所へ行く。そこでマトリの捜査員達で一網打尽にする。安藤がいれば、中田会と渡りを付けるのはかんたんだった筈。しかし、当分は安藤は使えない。自分が中田会を見つけ出す役目を追うしかない。この案を三ツ矢は中田会との経緯も含め越川に相談した。
(考えたな。恐らく相手も前回より人数を寄越すだろうから、大きな手柄になる。早速柳沢課長に相談してみる)
(頼みます)
 三ツ矢からの話を受けて、越川は柳沢課長へ話を持って行った。柳沢課長は、三ツ矢の話に興味を示して話はとんとん拍子で進み、相談を受けた柳沢課長は三ツ矢の案にゴーサインを送った。
 三ツ矢は、新宿の路上でバイをしている末端の売人を見つけ、中田会と繋がりのある人間を探した。歌舞伎町の路上で、品定めをしていた時、ケータイが鳴った。着信を見ると安藤からだった。
(もう具合は良いのか?)
(まだ若干痛みがあるけど、大丈夫だよ。まだ歩くのにしんどいけどね)
(そうか。大事にしろよ)
(ああ。助けてくれてありがとう)
(相棒を助けるのは相方の勤めだろ。とにかく体を大事にして一日も早く戻って来い)
(ああ)
(一つ訊きたい事があるんだ。歌舞伎町界隈でバイをしている奴で、中田会と繋がりのある人間を知らないか?末端じゃなく仲卸位の奴で)
(それだったら、路上でバイをしている人間を纏めている中島っていう奴がいる。夜遅い時間になると、上高地という深夜喫茶に現れる。中田会に籍は置いていないが、若頭の渡瀬とはずぶずぶの中だよ)
(ありがとう。早速当たってみるよ)
(中田会と又ひと騒動起こす気かい?止めた方が良いと思うよ。中田会って結構執念深いんだ。自分達に歯向かった者を絶対に許さない。その代償は命だ)
(心配してくれてありがとう。肝に銘じて置くよ。あんたは傷を早く治してくれ。じゃあ切るよ)
 電話を切った三ツ矢は、安藤が無事に回復している事を知って、ほっと胸を撫で下ろした。今回の安藤の怪我は、言ってみれば自分にも責任がある。死なれたら寝覚めが悪くなるというものだ。
 久し振りに歌舞伎町へやって来た。安藤から教えて貰った上高地という深夜喫茶へ行く。時間は深夜十二時。三ツ矢は店の中へ入り、レジの操作をしていた店員に客の呼び出しを頼んだ。
「中島というんだ」
 店員は、レジ横にあったマイクで呼び出してくれた。なかなか中島は現れない。居ないのかと思い、帰ろうとした時、中年の男に呼び止められた。
「俺が中島だ。あんた、知らない顔だが何の用だ?」
「ここでは話が出来ない。取引に関してだから」
「分かった。近くのカラオケボックスへ行こうか」
 中島はそう言って、会計を済まし、三ツ矢を誘った。店を出ると、すぐ目の前にカラオケボックスがあった。入店の際、中島に店員が挨拶をした。顔馴染みなのだろう。ひょっとしたら取引で使用しているのかも知れない。部屋へ入ると、中島が先に腰を下ろし、
「まあ、座りなよ。誰に聞いたのか分からないが、俺がシャブのバイをしている事を誰から聞いた?」
「路上でバイをしている人間に」
「そうか。で、取引は買いか売かどっちだ?」
「買いの方で」
「何グラム欲しいんだ?」
「キロでも扱っているか?」
「おいおい、いきなりキロと出たね。マジか?」
「ああ。マジだ」
「信用出来る保証はあるのか。」
「今日、幾らか買うよ。それが保証だ。先ずは五百グラムでとうだい」
「OK。グラム一万円だ。金を見せてくれ。もしキロでの取引が成立したら、キロならグラム八千円で卸してやるよ」
「分かった」
 三ツ矢はそう言って、セカンドバックから五百万を出し、中島の前に置いた。
「ジュクでは初めて見る顔だが、何処かでバイしてたのか?」
「横浜で」
「通りで知らない顔だ。今迄の取引先はどうした?」
「マトリに挙げられた」
「横浜の卸元か?」
「ああ、そうだ」
「こちらにはそういう噂、届いてないけど、ま良いか。じゃあ、うちで仕入れて横浜でバイするつもりか?」
「そうか。分かった。今日の分の五百グラムは、すぐここへ届けさすから待っててくれ商談成立という事で、一杯のむか」
「車だからアルコールは遠慮して置く」
「じゃあ俺だけ失礼するよ」
 そう言って中島は受付へハイボールとコーラを注文した。二人の所へ五百グラムの覚せい剤が届いたのは、それから三十分程してからだった。
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