第33話

文字数 2,958文字

 三ツ矢は久し振りに安藤に電話を入れた。これから行う取引の為には、安藤の力も必要だからだ。
(元気にしていたか?)
(なかなか連絡が来ないから、もうお払い箱になったのかと思った)
(あんたをお払い箱にする時は、マトリの任務が全て終わった時だよ)
(と言う事は、又一仕事だね?)
(察しがいい。その通りだ)
(で、仕事は?)
(少し纏まった金が欲しいので、末端の売人にネタを売りたいんだ。回せるネタは凡そ二百グラムちょっと。最低でも四百万にしたい)
(分かった。金払いの良い売人を紹介するよ。俺への手数料は幾ら?)
(十グラムと売り上げの十%を取り敢えず渡すよ)
(OK。それだけあれば少しは遊べるかな)
(相手が見つかったら何時でも構わないから連絡をくれ)
(分かった。そうするよ)
 安藤は、三ツ矢からの電話を切ると、久し振りに女のアパートへタクシーで向かった。亜紀は新宿のキャバクラに中野のアパートから通っている。安藤が住んでいる百人町の都営住宅に、亜紀は滅多に来ない。亜紀から渡されている合鍵で入ると、亜紀が出勤前の化粧をしている時だった。
「随分早いじゃないか」
「今日は同伴なの」
「そっか。じゃあしゃあないわな。帰るわ」
「ごめんね。今夜来る?」
「アフターで遅くなるんだろ?いいわ」
「そう。分かった。じゃあね」
 安藤は亜紀と覚せい剤をきめて、快楽のひと時を過ごそうかと思っていたが、当てが外れて少々がっかりした。その足で百人町の自宅へ帰るのもつまらなかったので、渋谷へ向かった。円山町のラブホテル街へタクシーを乗り付けると、行きつけのラブホテルへ入った。部屋へ入ると、すぐさまホテトルに電話をし、ホテトル嬢を頼んだ。三十分程して女がやって来た。年は二十代後半か。部屋へ招き入れた安藤はすぐさま金を渡し、
「服を脱げ」
 と命じた。安藤は自らも服を脱ぎ、セカンドバックから炙り用のパイプと覚せい剤を出し、
「やるか?」
 とホテトル嬢に聞いた。
「え?いいの?」
「天国へ行こうぜ」
 安藤は一夜の快楽に覚せい剤を使おうとした。その夜、安藤とホテトル嬢は朝まで貪り合った。
 翌朝、ホテトル嬢を帰し、覚せい剤で冴えた頭をフル回転させながら、シャブを買ってくれそうな何人かの仲買人に電話をした。電話を掛けた何人かの仲買人が、安藤の話に食いついて来た。
(グラム二万。それ以下はあり得ないけどいいか?)
(纏まった量を回してくれるのと、ネタの質が良ければその条件で良いよ)
(ネタは純度百%の上物だ。保証する)
(ならば決まりだ。取り敢えず五十グラム。ネタが言うように上物なら後で同じく五十グラム買うよ)
(OK。それで決まりだな)
 安藤は何人かの仲買人に同じ条件で覚せい剤を売る算段をした。他の仲買人は十グラムとか二十グラムと少ない量だったので、大口で買ってくれそうな仲買人一人と取引することにした。安藤は、話が纏まったと三ツ矢に連絡をした。
(最初五十グラムで、買値はグラム二万。ネタが良ければ更に五十グラム買うと言っている。一番条件の良い仲買人だったので、そこが良いと思う)
(分かった。あんたの言う通りにしよう。場所と日時も決めてくれ)
(OK。全ての段取りは付けて置くよ)
(頼んだ)
 安藤は、取引に都合の良い場所を思い描いた。これ迄自分が使って来た場所の中で、新宿の西口にあるホテルを使う事にした。日時は今夜で時間は夕方の五時に決めた。安藤はすぐさま決まった事を連絡した。
(うちは二人で行くが、そっちは何人で来る?)
 安藤が尋ねる。
(うちも二人だ)
 話は決まった。あとはその時間が来る迄だ。新宿のホテルにはチェックインの時間に着いた。三ツ矢とはロビーで待ち合わせをしていた。安藤が着いたのとそう変わらない時刻に三ツ矢は来た。ホテルの受付でツインの部屋を頼む。金は三ツ矢が出した。部屋に着くなり、安藤は取引相手の仲買人に、ホテルの部屋番号を連絡した。
「昔から知っている奴なのかい?」
 三ツ矢が安藤に尋ねた。
「いや。最近知った顔だ。けど約束はきちんと守る男だよ。中田会とも取引した事があるんだ。ただ新宿ではまだ新顔だから、纏まった量を回して貰えなくて細々と小口の商売をしているんだ」
「金は持っているのか?」
「その辺は大丈夫だよ。保証する」
「なら文句は無い」
「上手く手懐ければ、今後何かあったらすぐ取引出来ると思うよ」
「その時は多少割り引いてやろう」
「そうして上げてくれ。そうすればきっとあんたを気に入る」
「気に入るのは良いが、俺がマトリの人間だと言う事がバレては元も子も無い」
「バレないようにするのがあんたの仕事だろう」
「確かに」
 そんな話をしているうちに、時刻が迫って来た。部屋の呼び鈴が鳴った。安藤がドアへ近付き、ドアスコープを覗いた。
「来たよ」
 安藤がドアを開ける。二人の男が立っていた。仲買人だ。
「入りな」
 安藤に促されて二人の男が部屋に入って来た。
「姫島だ」
 年嵩の男が名乗った。
「下村だ」
「安藤からの申し出で今日取引に来た。前以て言って置くが、納得のいかないネタだったら、今日の取引は無しだ」
「それで良いよ。先ずは金を見せてくれ」
「ネタが先だ」
「分かった」
 そう言って三ツ矢は持って来たリュックサックから覚せい剤のパケを取り出し、テーブルの上に並べた。
 男は、パケを一つ取り、連れの若い男に渡した。若い男はパケを受け取ると、持って来た鞄からナイフと注射器にミネラルウオーターを取り出し、穴を開け、そこから微量の覚せい剤をスプーンに乗せ、注射器の中に入れた。そこへミネラルウオーターを少し入れ、自分の腕を捲り注射した。
「どうだ?」
 姫島と名乗る男が訊く。
「これこそマジな雪ネタです。ソッコー効く」
 若い男が目をトロントさせ言った。
「ネタは言っていた通りマブみたいだな。これが金だ」
 五十グラム分の代金、百万を姫島は懐から出した。
「又この次も頼むよ」
 姫島は、連れの若い男が、最高のネタだと言った事に気分を良くしたのか、自ら次回の取引を言って来た。
「こっちこそ頼むよ」
 三ツ矢は右手を差し出し、姫島と握手をした。姫島たちが帰った後、三ツ矢は姫島から受け取ったばかりの百万円から十万を抜き、安藤に渡した。更に、別に要していた覚せい剤十グラムも渡した。
「助かった。丁度ネタが切れた所だったんで」
「以前渡したブツはもう無くなったのかい?」
「売り尽くした」
「じゃあそれで得た利益で他所から買えばよかったじゃないか」
「あんたの所のブツは中田会が大元からほぼ直で仕入れた物だから、ネタが良いんだ。そのネタを覚えたら他所のネタは使えないよ」
「そういうものか」
「そういうもの」
 安藤の言葉に微笑んだ三ツ矢は、出るぞと言って部屋を出た。安藤は、この後シャブをきめる為にそのまま部屋に残った。
 三ツ矢がホテルを出ると、スマホに着信があった。キングからだ。車を路肩に駐車し、電話に出る。
(やあ。元気にしているかい?)
(何のようだ)
(そう冷たい事いわない。会いたいから電話をしたんだ。いますぐ来れるかい?)
(今新宿だから三十分も掛からずに行けるよ)
(OK。待っているよ)
(良い話だといいんだが)
(それは来てからのお楽しみ)
 電話を切ると、三ツ矢は車を発進させ、キングのアジトへ向かった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み