第24話

文字数 3,035文字

 三ツ矢と見城に我妻は、ミナミの繁華街を巡回した。三ツ矢は持ち前の嗅覚で、シャブの売人を嗅ぎ分けようとした。歌舞伎町と一緒で、ミナミも風俗や飲食店のキャッチに紛れて、シャブの売人が見え隠れしている。三ツ矢は、声を掛けて来るキャッチ連中をあしらいながら、売人らしき人間に近寄った。
「冷たいもん、あるか?」
 冷たい物とは覚せい剤の隠語である。売人は少し驚き、警戒する仕草を見せた。
「冷たいもんなんて知らんなあ」
「しらを切らなくとも分かるんだよ」
 三ツ矢が更に近寄り、売人の男をビルの壁に押し付けた。
「俺達はマトリだ。大人しく言う事を聞いた方が身の為だぞ」
 マトリと聞いた売人の男は一層驚いた表情を見せた。そして、ズボンのポケットに手を突っ込み、紙袋を取り出し、三ツ矢達に見られないようにビルの陰に捨てた。その行為の一部始終を見ていた見城が、
「これ、今あんた捨てたよな」
 と言って拾い上げた。その紙袋を三ツ矢が改めた。
「何だ。持っているじゃないか」
「そんなもん、知らんがな」
 男が必死に弁明する。
「こんな些細な事で懲役行くのも悲しいよな」
「だから、知らんがな。シャブもやってないし、売もやってへんわ」
「まあ、そういう事にしておこう。調べれば分かる事だ。それより、聞きたい事がある。最近東京から山地組にやって来た男はいないか?」
「知らん。知ってても言わん。あんたらこっちのマトリちゃうな」
「俺達は東京から山地組に来て匿われているやくざもんを探している。もし、教えてくれたら、今回の件は見逃してやる」
 見逃すと言う言葉に反応した男は、暫し考えた所で、
「俺が言ったと言う事はばれないようにして欲しい」
「ばらさないよ」
「あんたが言う男は、山名組に預けられているで」
「山名組の本部にいるのか?」
「日中はな。夜になると心斎橋の賭場に出入りしているらしい」
 三ツ矢は男から、心斎橋の賭場の詳しい場所を聞き出した。
「正直者は得をする。お前は見逃してやるよ。但し、ブツはこのまま押収する」
 男は、仕方ないと言った表情をし、
「山名組には俺が言ったって言うなよ」
 と言った。
 三ツ矢は、見城と我妻を引き連れ、車を停めてあったコインパーキングに戻り、心斎橋へと向かった。男から聞いた賭場は、古びたビルの二階にあった。路上駐車し、遠巻きに車からそのビルの様子を暫し眺めた。時間的には、渡瀬が現れてもいい時間だ。暫く見ている間にも、幾人かの人間がビルへ入って行く。その際、ビルの一階にインターホンがあって、皆それに向かって一言二言言ってから二階へと上がって行く。外からは二階のドアと階段は見えない。
 そこへ、一台の車がやって来た。助手席から降りて来たのは、間違いなく渡瀬だった。三ツ矢はすぐさま何か所かに分かれていた捜査員を集めるべく、スマホで連絡した。程なくして捜査員達が集まった。
「渡瀬があのビルにいる」
 三ツ矢の言葉に、捜査員一同緊張の度合いを高めた。
「拳銃の確認しろ。使う可能性が高いからな」
 この一言が、一層緊張感を高めた。
「ここからはあそこの正面の階段しか見えないが、ひょっとしたら裏に非常階段があるかも知れない。踏み込む前に先ずそれを調べるんだ。じゃあ、インカムのチェックをして行くぞ」
 各自がインカムのイヤホンを耳に装着し、マイクがきちんと声を通すか試した。OKと三ツ矢が言い、二人の捜査員が道路を渡り、ビルの裏側に回った。五分程して、
(非常階段がありました)
 と先に行った二人の捜査員から連絡があった。
(そのまま待機してくれ。念の為にもう二人応援をやる)
 三ツ矢は一緒に待機していた捜査員から二人を選び、先行した捜査員へ応援にやった。正面から入り込むのは、三ツ矢と見城と我妻の三人だ。
(今、裏口の非常階段で合流しました)
(よし。そのまま待機だ。今から正面突破する)
 三ツ矢は見城と我妻を促し、道路を渡ってビルの一階に来た。入口には監視カメラがあった。それを見つめながら、インターホンを鳴らした。
(何だ?何処の人間だ?)
(マトリだ。大人しく開けろ)
 三ツ矢は第一声で自分達の身分を明かした。中の渡瀬が監視カメラを見ていたら、出て来るかも知れない。これ迄の経緯からそれらの事が考えられた。
「二階迄上がるぞ」
 見城と我妻に言い、自ら先頭となって階段を上った。勢いよく上がったところで、突然二階のドアが開いた。現れたのは銃を構えた渡瀬だった。
「ここ迄追って来るとは良い根性してるな。食らえ」
 渡瀬の銃が先に火を噴いた。轟音とともに、三ツ矢の胸に弾丸が当たった。三ツ矢の後ろから着いて来ていた見城と我妻がすぐさま銃で応戦した。銃弾が当たった衝撃で、渡瀬が後方へ飛んだ。見城に抱き起された三ツ矢は、
「大丈夫だ。防弾チョッキのお陰だ」
 正直言ってそれ程大丈夫でもない。肋骨が折れていると思われる。部屋の中は蜂の巣を突いたような様相だ。裏口の非常階段へと皆逃げようとしてた。
「渡瀬は?」
 我妻が横たわっている渡瀬の傍へ行き、呼吸を確かめた。
「まだ息は微かに有りますが、意識は無いみたいです」
 三ツ矢はインカムで裏の様子を聞き出すと、こっちへ来いと指示した。今日の目的は渡瀬の逮捕だ。他の奴は裏口から逃げようが、放って置けばいい。四人が合流した。気を失っている渡瀬を四人で両手両足を持って車へと向かった。外には銃声を聞きつけたやじ馬が集まっている。
「先ずは病院が先だ。近場の救急病院をナビで出せ」
「はい」
 見城はすぐさまナビで救急病院を見つけ、スマホで今から患者を一人連れて行くと伝えた。その際、自分達は東京の麻薬捜査官で、運び込む患者は銃撃を受けているとも伝えた。
 救急病院へは五分とかからず着いた。救急搬送の入り口には医者と看護師が既に待機していた。ストレッチャーが横付けされ、レクサスの後部座席から引っ張り出された。ストレッチャーに載せられた渡瀬は、ぴくとも動かない。見城は自分の銃弾が渡瀬を重篤な状態にしたのではと危惧した。あの場面では致し方ないと思った。自分は我妻と比べて射撃の腕前は下だ。しかも三ツ矢が撃たれ、こちらも撃たれる可能性があったし、悠長に腕や足を狙う余裕は無かった。無我夢中で引き金を引いた。この結果がどうなるか。命だけは助かってくれなければ……。
 渡瀬の治療と併せて、三ツ矢もレントゲン検査をして貰った。案の定肋骨が二本折れていた。もう少しで折れた骨が肺に刺さり、肺血種を起こすところだった。三ツ矢はきつく包帯で巻かれた胸が苦しかった。渡瀬はまだ手術室でオペの真っ最中だ。一時間程して執刀医が手術室から出て来た。三ツ矢が渡瀬の容態を尋ねた。
「何とか持ち堪えそうです。銃弾は全部で三発。足と腹部、それと胸部に各一発ずつ命中してまして、腹部の銃弾が一番厄介でした。肝臓を掠めて小腸を傷付けました。出血性のショック死の可能性もありましたが、輸血で何とかなりそうです」
「ありがとうございます。男は麻薬取引の被疑者で、過去にも銃弾を受けながら、収容していた病院から逃走した過去があります。なので、病室に手錠を付けたまま麻薬取締局の捜査員を置いておきたいのでが構いませんか?」
「分かりました。そういう事でしたら構いません」
 執刀医の許可を貰った三ツ矢は、六人の捜査員を二人一組に分け、二十四時間体制で病室に詰めさせる事にした。
 こうして渡瀬は逮捕され、一連の中田会との戦いは終止符を打った。
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