第19話

文字数 2,948文字

 逮捕した中田会の者は、横浜拘置所へ拘留された。この辺が警察と違う点で、警察が逮捕した場合は各署の留置所へ入れられるが、厚労省麻薬取調部に逮捕された者は、検察に逮捕された者同様、拘置所に収監される。新宿で逮捕した二十三人の内、六人が銃撃で負傷したので病院へ送り、残りの十七人が横浜拘置所へ送られた。横浜拘置所ではいっぺんに十七人もの被疑者を受け入れるのにてんてこ舞いになっていた。
 早速、十七人の尋問が拘置所の取調室で行われた。内容は、渡瀬の潜伏先についてだ。十七人全員が黙秘した。覚せい剤の所持については、容疑を認める者が殆どだったが、渡瀬の事に関してだけは、皆口を噤んだ。その点、病院に収容していた者の方が、おしなべて口が軽かった。マトリは、罪を軽くするから正直に話せと迫ると、そのうちの一人がぽろりと渡瀬の潜伏先について溢した。
「若頭の地元は埼玉の川口だ。そこにいると思う」
 マトリの思惑通りに供述を引き出せたので、横浜分室で早速会議を行った。
「今からでもすぐに渡瀬を逮捕しに行くべきでは?」
「その案に賛成です」
 捜査員の大部分が同じ意見だった。
「川口は中田会傘下の下部組織、郷田組の縄張りです。恐らくそこに組織ぐるみで匿われているのではないかと思われます」
 捜査員の一人が言った。
「郷田組の郷田組長は渡瀬と兄弟分です。渡瀬の為なら何でもする男ですし、ここもご多分に漏れず、シャブが大きな収入源になってます」
「いっそ、郷田組毎挙げますか」
 捜査員達の意見に首を縦に振りながら、柳沢は頷いていた。
「三ツ矢君どう思う?」
 柳沢が、さっきから一言も喋らずにいた三ツ矢に話を振った。
「私は皆さんの意見に賛成です。単に渡瀬だけを逮捕するのではなく、それを匿っていると思われる郷田組をターゲットにする。万が一渡瀬が匿われていなくとも、一つの組織は潰せます」
「よし。じゃあその線で決行しよう」
 ミッションは柳沢の一言で決した。
 その頃渡瀬は、郷田組の下で庇護されていた。その渡瀬のところへ、新宿での一斉検挙の知らせが入った。
「畜生、マトリの奴らめ。ただじゃ置かない」
「兄貴を狙っての事ではないですか?」
 郷田が言った。渡瀬は、
「多分な。こうなったらこっちから奴等を弾いてやろうか」
「兄貴がやるなら、俺も力になりますよ」
「うん。頼むよ。さすがに一人では手に余る」
「奴等を見分ける方法は?」
「奴等は勝手にやって来るよ。おれがここに居るって情報を流せばな」
「成る程。それで奴等がのこのこやって来たら、いっぺんにやっつけてしまえばいいんだ」
「早速、お前の所の売人を使って、俺がここで隠れていると言う情報を流すんだ」
「分かった。すぐにやるよ」
 郷田は、渡瀬に言われた通り、その手筈をした。この短絡的とも思える方法を、二人は現状で考え得る一番の方法と考えた。思考回路が冷静さを失くし、単に復讐心のみで事を決めていたのだ。
 二人の思惑通り、この情報はあっという間に拡散し、横浜分室にも入った。捜査員の一人のSから、情報が持たされた時は、皆一応に疑って考えた。本当はマトリの捜査の目を攪乱させる為の情報では無いかと。それでも、柳沢は当初の予定通り、郷田組を一斉検挙する事にした。
 渡瀬は完全に頭に血が上っていたから、冷静な判断が出来ないでいた。自分を囮にしてマトリをおびき寄せる作戦が、危険極まりない者とは露とも思っていなかった。この辺は三ツ矢が同じような手を使って効果を上げたのと訳が違う。普段の渡瀬なら冷静になって判断が出来たと思うが、郷田の同調もありこの時は無理だった。
「ありったけの道具(武器)を用意するんだ。のこのこと縄張内に現れたら、吹っ飛ばしてやるんだ」
 興奮気味に話す渡瀬に、郷田も同様に興奮した。すぐさま、配下の組員達にチャカや匕首を準備させた。あとはマトリの人間が来るのを待つばかりだ。
 その日から、郷田組の組員は事務所に全員待機する事になった。これで、いつマトリが来ても大丈夫だ。そう思った者は、正直一人もいない。仮に一度は撃退できても、奴等は又やって来る。そうなれば、組員全員が逃亡者となって逃げなければならない。それは、渡瀬も郷田も同じ気持ちだった。
 その頃、横浜分室では、出動準備が整っていた。直前の訓示と段取りの打ち合わせが済み、所持品の確認を行った。
「防弾チョッキの着用」
「はい」
「インカムのチェック」
「はい」
「拳銃の点検。マガジン確認」
「はい」
 三ツ矢は自分のベレッタM85を点検した。
「薬室へ弾丸を送れ」
「はい」
「マガジン装填」
「はい」
「異状ないな」
「はい」
「前回の新宿の時同様、拳銃を使用することを許可する。使用の際は躊躇うな。狙うのは腕や足。又、先に渡してある渡瀬の写真を今回もよく見て置け。この人物を見つけたら、例え相手が武器を所持していなくとも、発砲して構わない。郷田組の組長も同様だ。分かったな」
「はい」
 一同緊張感が急激に押し寄せて来た事で、身が引き締まった。
 今回も、前回同様、横浜分室の人間を集められるだけ集めた。捜査員と車両担当員を合わせて二十四人がこのミッションに加わった。
「出発」
 柳沢の声で、捜査員全員が部屋を出て駐車場の車両に向かった。三ツ矢は今回も先頭の車両で、同乗者は越川と我妻と見城だ。課長の柳沢は、二番目の車両に乗り込み、車両で待機して作戦の指示をする。
 郷田組の事務所は川口駅から直ぐの所に構えてあり、外見は普通の一軒家のようで暴力団と分かる看板等はだしていない。それでも地元の者には、そこが暴力団の事務所だと知れ渡っている。組事務所の周辺に車を停め、マトリの捜査員達は組事務所へ向かった。大袈裟な門構えの一軒家の前に三ツ矢と越川が立った。インターホンを押す。
(おう。何の用だ?)
(厚労省麻薬取締部横浜分室の者だ)
(マトリがどうした。お前らの来る所と違うで)
(良いから開けろ。お前らのフダ(逮捕状)は出ているんだ)
 このやり取りを聞いていた郷田が、
「いよいよ来ましたよ」
 と渡瀬に言った。渡瀬は、インターホンのカメラに映った三ツ矢を見て、
「こっちの思惑通り、例の男がやって来おった。開けてやれ。同時にチャカをぶっ放すんだ」
 そう指示を出し、自分も大きなコルトガバメントの45口径を抜いた。
 先頭に立っていた越川と三ツ矢は、門扉が自動で開けられると、所持していた拳銃を抜き、中へ入って行った。後ろから続く者達も同様に拳銃を抜き、いつでも撃てる用意をした。我妻が緊張した面持ちで着いてくる。玄関の扉の前に立ち、呼び鈴を押すと、扉が観音開きで開いた。越川が先頭を切って中へ入ろうとするのを三ツ矢が止めた。瞬間、家の中から銃弾が飛んできた。三ツ矢はすぐに頭を下げ、越川の腰のベルトを引っ張った。越川は後ろに引かれるように倒れた。三ツ矢の後ろで悲鳴がした。同時に何人もの捜査員が前方の拳銃を発射した者に銃弾を浴びせた。阿鼻叫喚の雄叫びが木霊する。
 渡瀬は三ツ矢の姿を見つけ、矢継ぎ早に銃を撃った。三ツ矢の周辺に土埃が立つ。放たれた弾丸のうち一発が、三ツ矢の肩辺りに命中した。三ツ矢を憎悪の目で見る渡瀬を見つけた三ツ矢は、肩を抑えながらベレッタM85を放った。
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