待宵草 4 (4)
文字数 828文字
朔はペダルから右足を下ろして、W650が横倒しになるのを防いだ。
車体の体勢を整え、サイドスタンドを下ろすと、メットを脱ぐ。脱ぎざま、大きく喘いだ。
接触事故に至らなかったとはいえ、息を乱されるほどに心身に大きく負担がかかった。
息を整えながら、バイクの前に飛び出してきた者を朔は鋭い目つきで見やった。
社会性のない幼児ならともかく、相手は立派な成人女性。いきなり道路に飛び出してくる行為は、感情を持ち合わせていない朔でさえいらだたせた。
街灯が一度瞬いてから、点灯する。
スポットライトに照らし出され、その者はただ立ち尽くしていた。
生まれつき華奢な上にやせ細った手足、乾いた風に吹き乱された長い黒髪、おびえて蒼白になった顔色。
屋根がついた高い板塀に囲まれた屋敷から飛び出してきたとは思えないくらい、貧相な体つきと、簡素で安っぽいシャツにカーディガン。
靴をはく暇がないほどせっぱつまっていたのだろうか、靴下のままだった。
一言で表すなら、小動物であった。
誰かに飼われていながら、世話を放棄され、忘れ去られ、毛並みが荒れた小さな生き物。
奏凪はバイクの運転者に怒られると思った。
飛び出した自分が悪いと思いながらも、むき出しの敵意をぶつけられる恐怖に、つい首をすくめてしまう。
しかし、メットの中から現れた双眸に魅入られた。
真冬のキリキリと冷えた夜空に浮かぶ月が放つ光のようだ。
月光は奏凪の瞳と心を捕えて離さない。
生まれて初めて月を知った者のように、身動きもできず、ただ見つめるばかり。
あやまるでもなく、おびえるでもなく、ひたすら自分を見つめてくる女を、朔は上から下まで確認した。
怪我をしていないようだ。接触事故も免れたし、これ以上ここにとどまる理由もない。何事もなければアパートに帰るだけ。
再びメットをかぶった。サイドスタンドを蹴り上げ、朔がW650を走らせようとした時。
イチイの枝がさし交わす下をくぐり、もう一人、飛び出してくる。
車体の体勢を整え、サイドスタンドを下ろすと、メットを脱ぐ。脱ぎざま、大きく喘いだ。
接触事故に至らなかったとはいえ、息を乱されるほどに心身に大きく負担がかかった。
息を整えながら、バイクの前に飛び出してきた者を朔は鋭い目つきで見やった。
社会性のない幼児ならともかく、相手は立派な成人女性。いきなり道路に飛び出してくる行為は、感情を持ち合わせていない朔でさえいらだたせた。
街灯が一度瞬いてから、点灯する。
スポットライトに照らし出され、その者はただ立ち尽くしていた。
生まれつき華奢な上にやせ細った手足、乾いた風に吹き乱された長い黒髪、おびえて蒼白になった顔色。
屋根がついた高い板塀に囲まれた屋敷から飛び出してきたとは思えないくらい、貧相な体つきと、簡素で安っぽいシャツにカーディガン。
靴をはく暇がないほどせっぱつまっていたのだろうか、靴下のままだった。
一言で表すなら、小動物であった。
誰かに飼われていながら、世話を放棄され、忘れ去られ、毛並みが荒れた小さな生き物。
奏凪はバイクの運転者に怒られると思った。
飛び出した自分が悪いと思いながらも、むき出しの敵意をぶつけられる恐怖に、つい首をすくめてしまう。
しかし、メットの中から現れた双眸に魅入られた。
真冬のキリキリと冷えた夜空に浮かぶ月が放つ光のようだ。
月光は奏凪の瞳と心を捕えて離さない。
生まれて初めて月を知った者のように、身動きもできず、ただ見つめるばかり。
あやまるでもなく、おびえるでもなく、ひたすら自分を見つめてくる女を、朔は上から下まで確認した。
怪我をしていないようだ。接触事故も免れたし、これ以上ここにとどまる理由もない。何事もなければアパートに帰るだけ。
再びメットをかぶった。サイドスタンドを蹴り上げ、朔がW650を走らせようとした時。
イチイの枝がさし交わす下をくぐり、もう一人、飛び出してくる。