虫すだく 1 (6)
文字数 786文字
自分が帰るのを見届けるまで——それが彼女の仕事であるから——残っているような気もするし、さっき電話で矩の母親がのぞむが帰るまで待っていなくてもいいと言ったから、さっさと帰ってしまったような気もする。
もちろん家政婦がいないにこしたことはないのだが、いてもいなくてもあの家には帰りたくない。
お椀を両手で大事そうに包み持ち、味噌汁をゆっくりと、ゆっくりとすすった。
*
風呂から出て、びしょぬれの自分の服を持って帰るためのビニル袋をもらおうと、廊下に出てきた時のことだった。
矩の母親の話し声が聞こえた。電話をしているようだ。
対応に困っている雰囲気に、盗み聞きをしてはいけないと思いつつも、足がとまってしまう。
「——はあ……もう……そうですか……でも、のぞむちゃん、鍵持ってますし……」
「私が玄関まで送って行きますから——」
「いえ……迷惑だなんて……はあ……」
やはりのぞむの家に電話をかけているのだ。自分がいるうちにさっさとのぞむを家に帰せと言っているのだろう。
あの女はのぞむがよその家で食事をすることを嫌がった。自分が手を抜いていることがばれてしまうからだ。
それに温かい食べ物と世話をのぞむに与えてしまえば、しおきにならない。
帰りたくなかった。
あの女がいるうちに帰れば、別のしおきが待っているだろう。
ずっとここにいたかった。家族の声や足音が聞こえ、猫や犬の気配がする矩の家が好きだった。
矩と兄妹だったらよかったのに。
「——申し訳ありませんが、今夜うちはさしさわりがありまして、のぞむちゃんを泊めてあげたいんですが、日が悪くて……今夜だけは泊めてあげるわけには……いいえ、大丈夫です、さっきも言いましたが、のぞむちゃんが鍵を持っているので」
矩の母親はのぞむが家政婦にいつ追い出されてもいいように、常に家の鍵を持っていることを知っていた。
もちろん家政婦がいないにこしたことはないのだが、いてもいなくてもあの家には帰りたくない。
お椀を両手で大事そうに包み持ち、味噌汁をゆっくりと、ゆっくりとすすった。
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風呂から出て、びしょぬれの自分の服を持って帰るためのビニル袋をもらおうと、廊下に出てきた時のことだった。
矩の母親の話し声が聞こえた。電話をしているようだ。
対応に困っている雰囲気に、盗み聞きをしてはいけないと思いつつも、足がとまってしまう。
「——はあ……もう……そうですか……でも、のぞむちゃん、鍵持ってますし……」
「私が玄関まで送って行きますから——」
「いえ……迷惑だなんて……はあ……」
やはりのぞむの家に電話をかけているのだ。自分がいるうちにさっさとのぞむを家に帰せと言っているのだろう。
あの女はのぞむがよその家で食事をすることを嫌がった。自分が手を抜いていることがばれてしまうからだ。
それに温かい食べ物と世話をのぞむに与えてしまえば、しおきにならない。
帰りたくなかった。
あの女がいるうちに帰れば、別のしおきが待っているだろう。
ずっとここにいたかった。家族の声や足音が聞こえ、猫や犬の気配がする矩の家が好きだった。
矩と兄妹だったらよかったのに。
「——申し訳ありませんが、今夜うちはさしさわりがありまして、のぞむちゃんを泊めてあげたいんですが、日が悪くて……今夜だけは泊めてあげるわけには……いいえ、大丈夫です、さっきも言いましたが、のぞむちゃんが鍵を持っているので」
矩の母親はのぞむが家政婦にいつ追い出されてもいいように、常に家の鍵を持っていることを知っていた。