白光の守護天使①
文字数 1,862文字
・金色の天使像『シェッツエンゲル(守護天使)』
・プレッツヒェン『エンゲルスアウゲン(天使の目)』、一包
金色の天使像の台座をくりくりと音をさせながら回転させると、ゼンマイが巻き上がる。
手を離すと、メンデルスゾーンの『春の歌』のオルゴールメロディに合わせて、空中で台座だけがゆっくりと回転し始めた。
ミツハはそれをそっとヒヨルの掌の上に乗せてやった。
小さな掌の上で、今度はくるくると黄金の天使像が回り出す。
アドベントの二本目の蝋燭の光を受けて、陶器に描かれた金色の羽模様が幻想的に煌めいた。
それがどういうわけか、神に呼ばれて天に昇っていくヒヨルの魂に思えて、ミツハはとっさに天使像を両手で包み込んだ。
こんな調子では今夜も眠れそうにないな、と嘆息するしかない。
◇
能力を使いすぎたヒヨルが、電気のブレーカーが落ちるように二、三日昏睡状態になるのはいつものことだったから、当初は誰も心配はしていなかった。
ミツハなど、先日の6日目に目覚めるはずだと思い込んでいたくらいだ。
1944年のアドベントの6日目は、12月8日。聖母マリアの日ーー
それは暦の上ではヒヨルの五回目の誕生日だった。
いつもわくわくと人生を楽しんでいるヒヨルなら、当然勢いよくベッドから飛び出すだろうと。
だが、その夜の特別な意味がある満月が最高潮に達する時間までに、ヒヨルは目を覚す気配もなかった。
仕方なくミツハは、「6」の数字のついた赤いダチョウの卵のプレゼントボックスを、《ミューズの息子たち》随一の霊的異能者であるアレクサンデルに託した。
彼を選んだ理由は特にない。ハインリッヒの時と同じ、勘だ。
ミツハは異能者ではないが、剣道道場の跡取り息子として幼少時から研鑽を積んだせいか、異様に勘が冴えることがあった。
切羽詰まった局面でこそ、それは稲妻のように閃いてくれるものだから、いつもぎりぎりまで冷静でいられるのである。
ところが今回に限り、その勘が、ヒヨルが目覚める時を一向に告げてこなかった。
あの時自分がもっと早く駆けつけてヒヨルを止めておけば、と思うにつけやりきれない思いがつのり、異能を持たぬ自身が歯痒くてならない。
ヒヨルがこうして眠り込むことは何度かあったが、3日目には必ず目覚めていた。だから今日こそ目覚めてくれるはずだ、という希望に縋るような気持ちだった。
ミツハはこんこんと眠るヒヨルの手に「7」と番号の描かれた卵を抱かせ、ひたすら待ち続けた。
時間は刻々と過ぎ、夜間に入ってもヒヨルは目覚めないまま。
ハオランとブリュンヒルドは、昨日は寝ずに枕元でヒヨルの目覚めを待っていたのに、今日はどうしても避けられないヒトラー主催のパーティーに呼び出されていた。
その分ミツハは今晩も一睡もせずに、つきっきりで見守る覚悟だった。
夕闇が迫り月が輝き始めた頃、ミツハはヒヨルの手に自分の手を添えて、「7」のプレゼントボックスを開かせてみることにした。
アドベントカレンダーを止めることは、どうしても許されなかったからだ。
出てきたのは金色の天使の像とクリスマスのプレッツヒェン。
ストロベリージャムが真ん中にこんもりと盛られた
これを見てどんなに喜んだろうと思うと、いたたまれない気持ちになった。
天使像の台座には像の
このヴィラで暮らすようになってから、ミツハは、子供のいる家庭で、断崖絶壁の間に渡された細い橋の上を天使に手を引かれて歩く無邪気そうな少年少女の絵、というこの手の奇妙なモチーフの手芸作品を、よく見かけていた。
守護天使:
キリスト教圏、特にカトリックの国々では、生涯にわたり人生に同行してくれ、無条件の愛で守ってくれる存在として、この守護天使は信仰の対象にもなっていた。
キリスト教に縁の薄いミツハの目には、その姿はどうしても妖怪じみて映る。どうも、故郷の高尾という山に棲むという、古老の鴉天狗のようではないか。
だが、子どもを気遣う優しげな表情から、守護天使という言葉を耳にする前に、直感的にその使命を察した。
生涯かけてヒヨルを守る、と心の底で誓ったミツハにとって、守護天使は、その時からとても象徴的な存在になっていたのである。
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