金の名前入りの万年筆①
文字数 2,730文字
モミの木は横から見ると三角錐型をしている。キリスト教で三は神聖な数だ。
頂点に神、両端に神の子イエスと精霊が繋がっている「三位一体」を体現しているから、ツリーはクリスマスの神聖な象徴なんだ。
このことは信心深かった俺の祖父ちゃんに、耳にタコができるくらい聞かされてたからな。
それなのに、
クリスマスじゃなくて「
それならぜひ聞かせてもらいたいね。12月の雪の中でも青々と葉を茂らせている
俺なら、家族のことを真っ先に想うけどな。イエス・キリストを救世のために人類に賜われた神に一年分の感謝を捧げ、ささやかなプレゼントととっておきのご馳走で家族で来年の抱負を語り合う。そんな平凡で、貧しくても心は満ち足りていた、人生で一番幸せなクリスマスのことを。
俺がそうしてやれば、もうこの世にはいない家族にも生き生きとした生命が宿る。イエスが昇天して父と子と精霊が一つのものになった2000年近く後までも、幼子イエスが生まれた誕生日を昨日のことのように祝い続けている現在のように、想いは時間なんて軽々と飛び越えられる。
クリスマスを想っただけで泣きたいくらい幸せな気持ちになるのは、きっと俺だけじゃないはずなのに。
クリスマスは2000年もの間、星の数ほどの家族を幸せにしてきた。
なのにそのクリスマスをこんなあからさまなプロパガンダに利用して、結成せいぜい住数年のNaziがどれだけの家族を幸せにできるっていうんだ。
◇
![](https://img-novel.daysneo.com/talk_02/thumb_da0ed5a81144034f090c0d3443570b4c.jpg)
「ハインリッヒ、今日はあなたが開けてください」とミツハは言って、俺に「5」と金の数字が描いてあるグリーンの卵を示した。
ハインリッヒ、って呼ばれるのは、俺は好きじゃない。それも、金髪でも碧眼でもない浅黒い肌の東洋人なんかにはなおさらだ。
「おいいいのかよ、それヒヨルん家のアドベントカレンダーじゃん。ヒヨルが目を覚さないまんまなのに勝手に開けちまうのはヤバくねえか」
「いいんです。時間を止めることはできないのですから」
時間を止めるって、そりゃできなくて当たり前だけど。だからって何で俺?
用心深くしかめた顔がビビりに見えたのか、ミツハは薄く微笑んだ。そこ笑うとこじゃねえんだけど?
「アドベントカレンダーは決して止めてはならないからです」
意味わかんねえ! と吐き捨てついでに一発ぶん殴ってやりたいとこだ。
だけど、この平たい顔の東洋人は、口数が極端に少なくて、一対一になると嫌に迫力が増す。
少し前に、最上級生のブルックナーっていう
こんな細っこいチビ相手にさ!
それからというもの、やつらはミツハの影がさしただけでもケツがエンジン全開で後ろにぶっ飛んでいくほどビビり散らかしている――
な〜んて嘘くさい噂を真に受けたわけじゃないけど。
目尻の切れ上がった黒い瞳は、まるで満月の晩の星ひとつない闇空だ。
こいつにまっすぐ睨まれると、俺が救いがたくガキで首根っこを掴まれて宙に吊られて手も足も出なかった
いやたぶん、こいつが喋るドイツ語が平べったくて調子ぱずれなせいなんだ。訛りのきつい俺のドイツ語だって怪しいもんだから、聞いてるとこっちまで調子を狂わされちまうんだよ。
ぶっちゃけそれだけのことで、断じてビビってるわけじゃないからな。
ドイツ語は俺の方が数倍マシだ。
こいつは東洋の島国育ちで、そこでは喉奥を使って喋る習慣がなかったらしいんだ。
俺がここにきたばかりの頃は、ドイツ語が全部マヌケな田舎者みたいに響いて、みんなの格好の笑いネタにされていた。
「R」と「L」の発音なんて全然区別がつかなかったからさ。
それがここ数年で俺たちとそう変わらないくらいになったのは、耳がやたらいいやつだからだろう。性格も勉強熱心で真面目だし。
この間なんか俺のバイオリンの音程調整がいい加減だって、指揮棒で楽譜台を叩いて「パインリッヒ(恥ずかしくないのか)!」なんてゲキを飛ばしてきやがった。
いやもう、そりゃハインリッヒって俺の名前に韻を踏んだシャレのつもりかよ、なんてムカッ腹が立ったのなんのって。
あの場でぶん殴ってやったらさぞすっきりしただろう。たかがヒヨルの
でもさ、それをやると必ずヒヨルが「喧嘩しちゃだめえ〜!」とかいってわんわん泣き出して、周りの連中に責められまくるのは俺の方に決まってるからさ。
他のやつらと同様に、ヒヨルに泣かれるのは俺だって弱い。
それでなくてもこのヴィラは、アーリア人種の女がよりどりみどりだっていう噂のレーベンスボルンの中ではかなり特殊で、総監督のドクトル・ヘスに承認された夫婦ものの棟以外は、男子の寄宿学校みたいな男所帯だった。
女の子は数人のメイドだけ。後は助産師おばさんたちしかいないもんだから、四歳のとびっきり可愛い容姿のヒヨルは、当たり前に
といったって、ヒヨルは男だ。
男ばかりの中じゃ女っぽいやつはもれなくイジメられがちなんだけど、ヒヨルの場合は不思議とそうはならなかった。
なんせまだ4歳の赤ちゃんだ。特別待遇で両親といっしょに暮らしてる貴族の子ってのもある。父親が東洋人ハーフだからプラマイ0でハーフってことになるんだろうけど、それにしちゃ見事な金髪碧眼で、おまけにゴージャス美女の母親と瓜二つときてる。
でも、どうもそれだけじゃないんだ。
ヒヨルには、妙な魅力が備わっている。ただそこにいるだけで、アドベントの最初の日曜日の特別な
そんなに遠くない未来に、戦争の最前線に送られるのがわかりきってる帝国陸軍兵予備軍の俺らとしては、身近に損得一切考えずに可愛がれる家族みたいな誰かがいるのって、気持ち的にかなり大事だったりするんだよな。
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