聖家族のアドベントカレンダー②

文字数 1,880文字

  Wiederholung(リプレイ) Ⅶ.

 Advent(アドベント)とは、イエス・キリストの誕生=クリスマスまでの期間のことをいう。
 語源は「到来」を意味するラテン語のAdventus(アドベントゥス)だ。
 キリスト教圏の国では一般的に、12月25日に最も近い日曜日から数えて4週間前の日曜日から始まるものだ。

 クリスマスイブまでの日数を数えるための特別なカレンダーを、アドベントカレンダーと呼ぶ。
 毎日一つずつ窓を開けていくことで、キリストを迎えるクリスマスイブへのカウントダウンになるという趣向のものだ。
 聖書の言葉が書かれた簡素なカード式のものから、お菓子やおもちゃなどを詰め込んだ豪華な箱入りのものまで、古来から様々なものが毎年作り続けられている。

 この一家のアドベントカレンダーは、その中でも別格だといえた。
 滅多にものに動じないミツハが目を見張ったほど、飛び抜けてゴージャスなのである。

 専用の足台の上に乗せられたアドベントカレンダーは、かの有名なロマノフ朝のインペリアル・イースター・エッグそっくりで、しかも四歳のヒヨルならすっぽり入ってしまえるくらい大きい。
 表面はグリーンとゴールドのエナメルで彩飾され、さらに細かい絵柄が描かれていた。

 聖母、天使、教会、少女少年たち、ヒツジ、ヤギ、ロバ、鶏、それにサンタクロースと大きなプレゼント袋、トナカイ、クローバー、白詰草、雪割草、ヒヨルが大好きな猫、犬、そしてテディベア。

 金属製のその器は、刀鍛冶として大ドイツ帝国(グロースドイチェス・ライヒ)に招かれた日本人のヒヨルの父、ハオランが鍛冶場(シュミーデラーデン)に一年間籠りっきりになって作り上げたものだ。
 表面の美しい意匠は、専門の職人に自ら考案したデザイン画を渡してもう一年かけて装飾させたものだという。

 刀を作る職人というよりは、それを使う武士(ヤパーニッシュ・クリーガー)の方だろうと評されがちな、常にしかつめらしい顔をしているハオラン。彼の武骨なイメージを真っ向から裏切る可愛らしい意匠だったが、ミツハは驚かない。
 この沈黙でもって他を圧倒できるほどの威圧感のある男が、ヒヨルの前では曾孫にあった好々爺みたいに甘々になるのを何度となく目撃しているからだ。



 この卵を包み込んでてっぺんで大輪の薔薇の花のような結び目を見せているのは、幅広の真紅のリボン。それはヒヨルの母、ブリュンヒルドのお手製である。
 その先端をヒヨルが引っ張って両親の方へ走った。リボンは薔薇色の風のように華やかに解けた。

 大股でやってきた上機嫌の(ハオラン)とミツハが息を合わせ、「せいやっ!」で左右の金属の取手を引っ張ると、インペリアル・イースター・エッグは真っ二つの観音開きになった。

 白い絹の内張りをされた二つの楕円の内部に、みっしりとぶら下がっているカラフルなものがあらわになる。
 左右の空間に十二個ずつ詰まっているのは、ダチョウの卵を細工したプレゼントボックスのようだ。
 これから毎日アドベントカレンダーを一つずつ開けて、クリスマスを祝おうという趣向なのである。
 ヒヨルはわあっと声を上げ、嬉しそうにぴょんぴょん飛び上がりはじめた。

 お色気たっぷりのステップでやってきた(ブリュンヒルド)だが、ヒヨルが足を絡ませないよう、リボンを手早く巻き取る仕草は母親のものだ。器用にさっきよりもっと大きな薔薇の花に丸めた。
 手伝ったミツハは、着物の帯のように分厚いそれが羽みたいに軽ことに驚いた。

 ミツハにとって、この一家の美しいマダムはハオラン以上に謎めいている。
 このヴィラで優良アーリア人種として最高の待遇を受けながら、ドイツ語を頑なに喋ろうとしなかった。
 あらゆる変化を真っ向から拒絶するかのように、子どもを産んで四年過ぎても少女のように愛くるしい。ヒヨルと並ぶと母娘というより姉妹のように見えるほどなのだ。

 完璧な綴りの「Frohe Weihnachten!(フローへ・ヴァイナハテン)(クリスマスおめでとう)」という金糸の刺繍で綴られたドイツ語は、家族のイベントに対する彼女なりの譲歩の結果なのだろう。
 大きな薔薇の花をてっぺんに乗せると、星の代わりにはためく、彼女が何よりも毛嫌いしているハーケンクロイツの三角旗(ペナント)がいい具合に隠れた。

 ヒヨルが息を詰め、注意深く「1」のプレゼントボックスを外そうと手を伸ばした。
 満足げなはしゃぎ声を上げ、ヒヨルは光り輝くような満面の笑みになってのけぞるようにしてミツハを、それから身体を返して長椅子の家族を見た。

 その手から、ボックスがつるりと滑り落ちた――

 さっきの爆撃機の音にほんのわずか時間を取られすぎ、タイミングがずれたのだろう。
 部屋の空気が凍りつく。


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登場人物紹介

ヒヨル(ノルウェー人と日本人のハーフ:女、4歳)

本名:ヒヨルムスリム・瀬織(せおり)・フォン・ゾンネンブルク

伝説のセイレーンの超えた異能の歌声で現象を変化させられるが、本人は幼いため無自覚

ミツハ(日本人:男、16歳)

本名:|御津羽 伊吹(みつは・いぶき)

ヒヨルに絶対忠誠を誓う守護執事(ガーディアンバトラー)

異能はないのだが、生い立ち等いろいろと謎の多い少年

ブリュンヒルド(ノルウエー人:女)、ヒヨルの母親、20代後半

レーベンスボルン計画の一環として異能力者同士の結婚をさせられた二人、夫婦喧嘩が絶えない


本名:ブリュンヒルド、職業は有閑マダム

北欧にあるワルプルギウス修道会の魔女

ハオラン(日本人:男)、ヒヨルの父親、20代後半

レーベンスボルン計画の一環として異能力者同士の結婚をさせられた二人、夫婦喧嘩が絶えない


本名:ハオラン・淤加美(おかみ)・フォン・ゾンネンブルク、職業は刀鍛冶

さるやんごとな気お方から勅命を受けてドイツにやってきた陰陽師


ドクトル・ヘス(ドイツ人:男、30代)

ヴィラを支配するマッドサイエンティスト、《ミューズの愛し子たち》計画の首謀者

女嫌いで残虐非道な夢想家

超強力なテレパシー能力で人間を想いのままに操る

【第五話の語り役】

ハインリッヒ(チェコスロバキア人:男、15歳)、

暴力的でシニカルな性格

《ミューズの愛し子たち》のメンバーで、強力なテレキネシス能力を持つ

【第六話の語り役】

アレクサンドル(アルザス人:男、14歳)

心は女性のバレリーナ

《ミューズの愛し子たち》のメンバーで、優れた霊能力を持つ

【第七話の語り役】

フリードリッヒ(ドイツ人、男、17歳)

シャーデンフロイデになりきれないナイーヴな少年

《ミューズの愛し子たち》のメンバーで、卓越したテレポーテーション能力を持つが、たまに時軸がズレる癖がある

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