死に対するハムレット王子の考えについて

文字数 1,776文字

 沙翁(さおう)₁の悲劇ハムレットはとても有名な戯曲(ぎきょく)であるが、(こと)に To be, or not to be〜ではじまる第三幕第一場のハムレットの独白(どくはく)は、多くの人間が聞いたことのあるセリフだろう。この独白について、これまでどのような考察がおこなわれてきたのか、残念ながら知らないのだが、最近ラテン語を少し学んでいるときに出会った例文が、この独白を思い起こさせるという経験があったので、少し思うところをゆるゆると述べてみたい。
 まず、そのラテン語の例文がなんであるかを示し、次に関連するハムレットの独白箇所(どくはくかしょ)とちょっとした注釈(ちゅうしゃく)を取り上げ、ラテン語の例文が意味するところが、作者がハムレット王子の独白を考える前提として存在していたんだろうな、と空想したことを以下に記したい。

 さっそく、問題のラテン語の例文を示そう。その例文とは以下のものである。
              Somnus imago mortis.
これは ソムヌス・イマーゴー・モルティス と読み、意味としては 眠りは死の似姿(にすがた) という意味になる。もう少し詳しく説明すれば、somnus(ソムヌス)が「眠り」を意味する主語、imago(イマーゴー)が「似姿」を意味する補語、mortisは「死の」を意味してimagoにかかる語ということになる。自分はこの言葉が誰の言葉なのか知らないのだが、少し調べたところ、キケロやウェルギリウスなどのラテン文学作品には、死を眠りでなぞらえた言及があるようだ。
 では次に、ハムレットの独白を部分的に示そう。

To die: to sleep;
No more; and by a sleep to say we end
The heart-ache and the thousand natural shocks
That flesh is heir to, ’tis a consummation
Devoutly to be wish’d. To die, to sleep;
To sleep: perchance to dream: ay, there’s the rub;
ーHamlet, Act III, Scene I

死ぬ、眠る、それだけだ。
眠ることによって終止符はうてる、
心の悩みにも、肉体につきまとう
かずかずの苦しみにも。
それこそ願ってもない終わりではないか。
死ぬ、眠る、眠る、おそらくは夢を見る。
そこだ、つまづくのは。 (小田島雄志訳)

 この箇所について、次のような注解がある。

RALPH: When we sleep, we often dream... but if we have something similar to
dreams after we die, we don't know what such dreams would be like. And this
uncertainty about the nature of these dreams might cause us to hesitate, no matter
how appealing death might otherwise seem₂.
(眠りに落ちると、夢を見ることがよくある。・・しかし死後夢に似たものを経験するとしても、それがどんな夢かはわからない。夢の性質のこの不確かさがためらいを生じさせるのかもしれない。その他の点ではいかに死が魅力的に見えようと。)

 この死と眠りに関するハムレットの内省(ないせい)は、眠りは死の似姿というラテン語の文が示すものを前提としている。つまり、ハムレットの作者が(そもそも原ハムレットの作者がそうかもしれないが)、死は眠りであるという考えに親しんでいた可能性が示されている。シェイクスピアはグラマースクールでラテン語の文法と文学を学んだと考えられており、死は眠りだという考えは学校教育などを通じて世間に普及していたのかもしれない。


注釈
₁ シェイクスピアのこと
₂ myShakespeare
https://myshakespeare.com/hamlet/act-3-scene-1-video-note-die-sleepsleep-of-death

参考資料
山下太郎のラテン語入門
https://aeneis.jp/?p=2852
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