1:信じる者は足元をすくわれる
文字数 2,004文字
それも全知全能なる神のイタズラ――というより怠慢だ。
突貫工事で世界を創ったものだから、あちらこちらで齟齬が生まれる。争いが無くならないのも、高校生の夏休みが実質一ヶ月も無いことや、実際セミは地上で一週間以上も生きるのに、謎の誤解が広まっているのも――。
そして今。
部屋に不法侵入しようとしてくる『自称セールスレディ』と攻防を繰り広げている事ですら。全ては神によるブッキングミス。そうじゃなきゃ何の冗談だよ。
今まで新聞やネット回線、訪問販売等の勧誘を何人も撃退してきたこの俺ですら、ちょっと引くくらいの粘りを見せていた。
必死にドアを閉じようとしても、それ以上のパワーで抵抗してくるのだから驚きだ。華奢な体からは、想像もできないような怪力だった。
ふふふ、この拒絶はすなわち天国への扉を再現しているのですね……!
往々にして「狭き戸口から入るように努めよ」との教えになっています!
その困難さを無自覚に示すとは、やはり貴方には『預言者』の才能があります!!
『独り暮らしの男子高校生の部屋に押しかけて来た女の子』と表現すれば聞こえは良いが、鬼気迫るその表情はむしろ、俺に命の危機が迫っている事を感じさせた。つまりメッチャ怖い。
仕方ない……!
俺は意を決し、ドアの隙間から外を指差した。
女の注意が逸れた瞬間に、ドアから指を離した隙に、玄関を閉めた。
……しかしこんなチープな嘘を信じるとは。小学生すら騙されないぞ、普通。
ドアに鍵をかけ、チェーンでロックし、ドアの隙間に防犯プレートを差し込み、念のため漬物石も下に置く。
これで安心。どんな手を使っても、こじ開けることは不可能。
玄関に設置している小型カメラも、バッチリ録画していたはずだ。早いとこ警察を呼んで、この宗教勧誘クレイジー女を……。
俺は恐る恐る、玄関の覗き穴に顔を近付けた。しかし外にはもう誰もいない。
……どうやら帰ったようだ。あれほど必死だったのに、随分とアッサリ諦めるのだなとも思うが。
しかし俺は俺の日常を守り切り、踵を返して部屋に戻った。
ロフト付きの1Kルームは、男の一人暮らしには充分すぎる。用意した昼飯が冷めないうちに、さっさとあの女の事を忘れて腹いっぱいチャーハンを――。
そいつは――背中から二枚の白い翼を生やした少女は、分厚い本を俺に差し出しながら微笑んだ。
そんな俺が。まさかこんな俺に対して宗教の勧誘どころか――「救世主になりませんか」と誘ってくる奴が現れるだなんて、想像すらできなかった。
これも神の意志ならば、神様ってのは相当に意地が悪い捻くれ者だ。