第7話 卒業シーズン  (2)

文字数 1,446文字

「玉木さん、悪いけどフードコートの女子中学生、注意してきて。もう3時間は
工作してるから。最近、クレーム多いんだよ。」
年齢は玉木より若いけれど、警備会社社員の30代係長がモニターを見ながら
言った。
「ハイ、了解しました!」
玉木は警備室の壁にかけたあった帽子をとり、出ていった。
(中学生の工作くらい、見て見ぬふりをすれば楽なのに。)
心の中ではそう思っていたが、警備員といってもショッピングセンターで
起こる事例の半分は、おせっかいな苦情処理だ。
あと半分はルーチン業務。つまり鍵の明け締めと、駐車場の整理とか。
最近はドラマにもならないが、昔は「男たちの旅路」とか
警備員も主人公になったものだ。

フードコートには、半分にも満たない程度にお客さん。木曜日はこんなもの。
夕方16時過ぎにここにいることができるのは、年金暮らしの高齢者と
学校から家に帰るまでを過ごす、中高校生と、幼稚園帰りの親子連れ程度だし
迷惑そうにしている人さえ、いない。

ファミリーエリアの端、すこし影になった場所に、数テーブルを占拠している
中学生がいた。
その中に女子が二人、テーブルに一杯の色紙と色紙、サインペンを開いていた。

「こんにちは。いつもご利用ありがとうございます。私、警備のものですが
ここは工作室ではないので、そろそろ片付けてもらえませんか。」
玉木さんは礼儀正しく、孫のような女子中学生に話しかけた。
見るところ、化粧もしていないし、目付きも悪くない。
マスクもきちんとしているし、いたずらをしている風もない。
何をしているかは、60過ぎのシニア警備員でも、すぐ理解できた。
卒業式にまにあわせるための「何か」を作っているのだ。

栞と加奈子は、(あ~、今日も来たか。もう少しなのに。)と思った。
今週は連日、この場所で先輩たちへの贈り物を制作中だ。
監視カメラに写っていることも承知だし、その日の警備員によって
見過ごしてくれたり、何度も注意に来たりすることも、わかっている。

「すみません、あとすこしで卒業式なので、先輩への色紙を
急いで作っているんです。あ、これから丸亀製麺のうどんを
食べてから帰りますんで、ごめんなさい、もう少しだけ!」
栞はいつものように目をキラキラさせて、胸の前で祈るように
手を合わせた。
加奈子は、それにあわせるように祈るポーズをまねて
マスク越しに、祖父のような制服の男性を見上げている。

「まだ日が暮れるのも早いからね、なるべく早くね。」
玉木は急に言葉を、まるで孫に語りかけるようにやさしく整えて
その場を離れ、警備室へと向かった。
恐らく監視カメラでは係長が画像をみているだろうから、言葉とは
合わないが、大きく手を動かして「しっ、しっ!」というような
ジェスチャーまで付け加えた。

「加奈子、あのジジイ見たことある?」
「ん~。最近入ったんじゃない?見ない顔だよね。」
「新人か?じゃ強く注意できないよね。ラッキー。」
栞は少し悪びれて、玉木をジジイと呼んだが、ラッキーと言う
言葉は本心だった。もう少しで、色紙の飾りは終わるのだから。

警備室に戻ると、係長は回転椅子にのけぞって、ドアを開けて
戻ってきた玉木を見た。
「お疲れさま、玉木さん。あのね、ここは倉庫じゃなくて
ショッピングセンターだから、中学生と言えどもお客様なのね。
態度には気を付けてね。手で払うような仕草をしたらダメだよ。
あとから親に、ウチの娘がゴミ扱いされた、とかクレームになるから。」
玉木は帽子をかぶったまま、係長に右手をあげて敬礼し
「承知しました。」と言った。

(つづく)













ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み