第12話  このTシャツ、恥ずかしいんだよ。(4)

文字数 726文字

栞はずっとモヤモヤしていた。
誰の声だろう? 家族ではないし、先生でもないし。
もっと若い感じなんだよな。
クラスメートの顔を順番に席順に思い出して、声を重ねてみたけど最近は
マスクをしているし、そもそも男子とは言葉を交わさないし。
絶対に聞いたことがある。甲高くはないけれど、高いところが
キラッとする感じで、中域はふくよかで安心して聴ける心地好い響き。
その声で、耳元で囁かれたり、目の前で歌われたりしたら
ふにゃふにゃになってしまいそうな。
目の前で歌われ・・・「TAKA!」と栞が叫んだ。
「どした?なに? 栞? 」加奈子が驚いていた。
「わかったよ、あの声。TAKAだ!間違いないよ。」
加奈子がスマホを持ったまま左右に振りながら笑った。
「ないない。そりゃ、栞がファンの中でも最高のTAKA推しなのは知ってる。
もう1年もライブが出来ていないのは、私も寂しい。でも
このフードコートでTAKAが歌ってるなんてあり得ない。今どき
演歌歌手でもやらないよ。」
「違うんだよ、歌じゃない。働いてるんだよ、このフードコートで。
どこかの店にいるんだよ。」栞は、加奈子と一緒にフードコートを
ぐるっと見渡した。
加奈子がスマホを置いて、栞の頬をマスクの上から両手で挟んだ。
「う~ん。目だけは開いてるのになあ。どこにもTAKAの派手な
髪が見えないじゃん。ラーメン屋なんて、坊主が2人だよ。
令和3年、野球部だってもっと長いよ。」
栞はもう一度、並んでいる店をぐるっと見渡した。
この時間はアルバイトがほとんどで、主婦らしい女性より
男子バイトが多い。
加奈子のいう通り、ラーメン屋は坊主頭の男子がふたり、
胸に「出汁」と大きく書いてある、あまりに
いかにもなデザインのTシャツを着ていた。

(続く)
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