第13話 このTシャツ、はずかしいんだよ。(最終)

文字数 942文字

「ヤバイ、感づかれたか。」
俺は、30mほど離れた、それでも表情が判るアングルに
座っている女子2名が、誰かを探していることに気がついた。
さっき、新入りが全く声を出さないので、見本を示してやったんだ。
とびきりのよい声で。
鼻から大きく息を吸い込み、ほんの一瞬だけ息を止める。
その瞬間、下腹に重心を移して発声する。
そうすると、声が塊となって飛んでいくんだ。
「鰹出汁スープの特製ラーメン、いかがですかぁ❗」

そのとき、女子の一人がビックリしたように、きょろきょろと
TAKAの声を探していたのを、実は本人である俺は気がついた。

やばい、この姿をみられては困る、いや見つかるはずはないのは
わかっているのだ。カウンターにはTAKAとは別人物が立っている
(はずだ。)しかし、声は隠せないのだ。
神様!お願いだから、俺のボーカリストとしてのイメージを
守ってくれ‼️

★ ★ ★

いい若いもんが、何をびくびくしてんのかね?
何でも神様に頼めば良いってもんじゃ、ないんだよ。
そもそも外見が全く違うんだろう、自分でもわかってるじゃないか。
仕方ないね、呼ばれて頼まれたらイヤと言えない性格だからね。
そうだね、声を変えるか、それがいちばん安心だろう。

★ ★ ★

「先輩、大丈夫っすか?」
まだバイトに入って2週間足らずの後輩が、俺の顔を
真顔で心配している。
俺は何が起こっているか、まだ把握できていないのだが
非常に戸惑っていた。
ヤバイ、気がつかれたか⁉️と思った次の瞬間、唾を飲み込んだら
喉に違和感があった。
恐る恐る、声を出してみるが、声が出ない。
いや俺の声が聞こえなかった。
掠れた低い響き。聞いたことのないダミ声。
いや俺はデスメタルに転向するわけではないんだ。
いったい、何が起きた?まさか、本当に神様が俺の声を
あの女子中学生から隠したとか。
まぁ、それでもTAKAが守られるなら、今は仕方がない。
あとのことは、また後で考えるとしよう。
俺は、いま自分に起きていることを把握できないまま
目の前に並びつつあるお客さんに声をかけた。
「うちのラーメンは、出汁が旨いんです。」

(了)
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