第8話 卒業シーズン(了)

文字数 1,001文字

翌週も玉木さんはシフト勤務で、夕方からの当番になった。
相変わらず冬休み中は、フードコートに学生が多い。
もう試験もないから、勉強しているというより
ただゲームをしていたり、おしゃべりをしているだけだ。

先週注意した女子の姿は、無い。
そういえば卒業式は先週末にピークだったと、警備室で聞いた。
玉木さんにとっても、面倒な注意が少ない方が、気分が楽だから
それはそれで良いわけだ。

ルーティンの見回りでは、19時頃にフードコートを回ることになっている。
今夜は、人が少ない。
ことに今日は3月20日のお彼岸だ。

広いフードコートを横切って、柱の時計の時間や、数ヵ所ある水呑場と
手洗い場を兼ねた場所に、指差し確認をしていく。
すると、フードコートの奥に、初老の男性が座っている。
こちらには背を向けているので顔は見えないが、その小さな背中が
小さく震えているのが見えた。連れはいなさそうだ。

玉木さんは、少し心配になり、適当な距離をとりながら、フードコートを
見回るそぶりを見せて、男性を前から見られるように右手から回っていった。
男性は、手に色紙を持っていた。身支度はしっかりとして、ネクタイをしめた
スーツは、礼服のようにも見えた。
(声をかけようか。いや待てよ、おせっかいじゃないか?)

どうも具合が悪いわけではなさそうだ。
うつむいた表情ははっきり見えないけれど、姿勢はしっかりしているし
呼吸が荒い様子にも見えない。
玉木さんが、彼の脇を通りかけたとき、その手にあった色紙を見て
玉木さんは思わず「おっ。」と声をあげそうになった。

それは先日、このフードコートで女子二人が
沢山のサインペンや、切り貼りをしていた色紙に違いなかったからだ。
玉木さんは、注意したときに色紙の中央にかかれたハートマークを
覚えていた。記憶するにふさわしいほど、派手なハートだったから覚えていた。

初老の男性は、学校関係者だろうか。
身なりからすると、教師ではなさそうだ。
そうすると、事務員か清掃員か。
今やそんなことは、どうでも良かった。
フードコートでは厄介者扱いされる、若い女子が
自分達に注意されながらも一生懸命作った色紙を
彼女たちの祖父に近い年齢の男性が、涙ながらに
手にしている。これだけで、もう十分だ。
なんの説明もいらない。

今日のフードコートは、静かでおとなしい。
防犯カメラにも変わった風景は写っていないだろう。

玉木さんは、手にしたチェック表に、丸をつけていった。

(了)











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