第9話 元山(ウォンサン)沿岸の日本海海中
文字数 3,548文字
艦橋構造部下の、CIC(戦闘情報中枢)とでも言うべき電子機器の詰まった発令所の中に、比嘉剛(ひがつよし)艦長の令する声が木霊した。
「ブルーストーム一号機発艦用意! 」
ブルーストーム一号機の発艦を伝えるオペレーターの声が、I‐418の発令所内に響く。
「ブルーストーム一号機発艦十秒前、九、八、七、六、五、四、発艦用意、クリアー・ザ・フォー・テイク・オフ、発艦」
オペレーターが秒読みに入った段階で、既に発艦サイロには海水が注水されていた。
それに依って生じる水圧で発艦ハッチを抉じ開け、ペリスコープ(潜望鏡)深度と呼ばれる非常に浅い水面下からではあるが、ブルーストームは海中から発艦することが可能なのである。
アフターバーナーの出ないターボファンエンジンが点火すると、ブルーストームは自身の発生するガスで発艦するのだ。
セイルの直ぐ後ろ格納型飛行甲板に続く艦尾よりのカタパルトから、今正に縦舵を掠めるように海中から発艦して行ったブルーストーム一号機が、差し詰めシャチが海面で跳ねたくらいの微かな音だけを残し、その蝙蝠のような機体を漆黒の闇に溶け込ませて行く。
そんな中無電地電話のヘッドセットを首に掛け、独りコンソールに取り付いていた金城遥が、秘匿衛星回線に繋がれた受話器を片手に、蒼白となった顔を比嘉に向ける。
「艦長、安少佐からの緊急連絡であります。
無水端里及び東倉里への爆撃を中止するようにとの要請で、高城に別の発射基地が新設された模様。
恐らく新型弾道ミサイルを、そこから発射するつもりだ。と」
昨晩迎賓館で希美から司令代行の任を命じられ、大湊まで空自の輸送機で駆け付け、未明に急遽I‐418に乗り込んだ遥であった。
通常の潜水艦よりも広いとは言え、ここI‐418の発令所内も密閉された空間であること
‐150‐
に違いは無くやはり閉塞感は否めない。
慣れぬ潜水艦作業服を身に纏い、潜航して此の方何も動きの無いまま過ごした半日余りであったが、漸く何かが動こうとしていた。
「了解した。ブルーストーム二号機の発艦を中止する。
続いて発艦した一号機も至急帰艦させよ」
そうして令する比嘉の声と、即応するオペレーターの声が指揮所内に響き渡った刹那である。
潜航時に稼動させるTDS(T a c t i c a l D i s p l a y S y s t e m =潜水艦戦術状況表示装置)のメインモニターに、飛翔物体を示すマーカーがどす黒く点滅を始めた。
「何だこれは! 」
メインモニターに釘付けとなる比嘉。
「北朝鮮・開城方面から、ICBM(I n t e r c o n t i n e n t a l B a l l i s t i c M i s s i l e =大陸間弾道弾)が発射された模様」
呻く声音で発せられたオペレーターの声に、比嘉が令する声を押し被せた。
「至急着弾地点を計算しろ! 」
オペレーターがTDBS(T a r g e t D a t a B a s e S e r v e r =情報処理装置)の弾き出した着弾地点を、間髪入れずに誦する。
「着弾地点は日本に非ず。太平洋・ハワイ諸島島嶼方面」
それは明らかに米太平洋艦隊司令部の在る、真珠湾を指していた。
直後過去の記憶が走馬灯のように遥の脳裏を駆け巡っていく。
防大を優秀な成績で卒業したものの、幸か不幸か自衛官に取って不必要な女の華を持っていたせいで、入隊当初広報担当に推された。
そんな周辺の声を一蹴して、暫くは汗臭い艦隊勤務に明け暮れる。
その頃は自身の持つ女の華を、滅してしまいたかったのだ。
何故海上自衛官に?
と、初めて会った日に希美に訊かれ、思いのままを述べてしまう。
「それは沖縄に駐留米軍が居るからであります。そして自分は駐留米軍に沖縄から出て行って欲しいのであります。
米軍に頼らない自立した国家を標榜する為には、或るいは将来米軍を沖縄から撤退させるな
‐151‐
らば、海上自衛隊が米第七艦隊と同等の力を持つ必要があると思います。
沖縄の為、延いては日本の為、そして終戦間際の沖縄戦以来、沖縄を犠牲にし続ける政府にその重い腰を上げさせる為、米第七艦隊に匹敵する強い海上自衛隊が必要であると思います。
その強い海自を創る一助になりたく自分は入隊致しました」
妹は米海兵隊員等に依る、集団強姦致傷の被害者だった。
三年前の日米合同演習の際、多少冗談めいて冷やかされたことは事実だが、それ以上のことは何も無い。
ところが常軌を逸し米海兵隊員に銃口を向けてしまった。
寸での所で撃つのを止めた迄は良かったが、駆け寄ってその銃のグリップで顎の骨が砕ける程殴り付けたのである。
相手は全治1ヶ月の重症だった。
不幸中の幸いは、遥の身上を考慮した米軍側の強(た)っての意向もあって、事が表沙汰にならず穏便に済まされたと言うこと。
無論今後日米合同演習には、一切参加させないと言う条件を付された上で・・・・・。
そうして幕長の副官としてしか、海自で生きる場所が無くなった。
往時海上幕僚監部が厄介払いするべく希美に押し付けた自身を、快く迎えてくれた今泉希美海上幕僚長。
その幕長が迎賓館を後にする前、一言だけ言ってくれた。
「もしもの時は迷わずにSM‐Xを撃つのよ。沖縄の為にも」、と。
それは一人も殺させず米軍の力を借りずに、自衛隊の力だけで日本を守れるのだと言う事を証明することに繋がる。
そしてその為には先ずは北で勃発したクーデターを阻止すること。
つまりはこの弾道ミサイルをSM‐Xで撃ち落せと言うことだ。
しかしSM‐Xを領海外で発射すると言う行為は、自身や比嘉艦長の責任の範囲を越えており、幕長が責任を問われることになる。
何時も詰め腹を切らされるのは自分達制服組なのだ。
それも日本では無く米国の、皮肉にも太平洋艦隊司令部を狙った弾道ミサイルを、日本の海上自衛隊が迎撃しようと言うのだ。
上層部が米国政府とどんな交渉をしているのかは知らないが、恐らく今回も例外は無い筈・
・・・・たとえ日本が二度目の真珠湾攻撃を阻止したとしてもである。
それでも幕長は総てを呑み込んだ上で、「撃て」と言った。
‐152‐
峻烈な視線を送ってくる、同郷の比嘉。
射るような視線でそれを押し返し、遥は強くそして静かに告げた。
「命(ぬち)どぅ宝(たから)。【沖縄の方言で命こそ宝の意】
それが日本人のぬちであっても、韓国人や朝鮮人のぬちであっても、またそれがアメリカ人のぬちであってもです」
言葉には出さず、『いいんだな』と胸中に呟きにやと嗤う比嘉。
無言を返事にした遥は、直後振り向きざまに令する声を上げた。
「対空戦闘用意」
続いて復誦するオペレーターの、「対空戦闘用意」と言う声に、今一度遥が令する声を押し被せる。
「SM‐X攻撃始め」
即応するオペレーターの声が、辺りの空気を震わせる。
「SM‐X攻撃始め。攻撃に際し発射コードを入力。
S・H・I・R・O・K・U・A・R・E、白くあれ。
後に続く発射コードを戴きます」
ひとつ肯いた遥は、「発射コード。S・U・M・O・M・O、すもも」と誦した。
幕長が自ら作成した発射コードで、旧軍の軍令部が晋王子を救い出した時のシークレットワードだったらしい。
遥を見遣りひとつ肯いた後、面前のモニターに向き直ったオペレーターは甲高い声音で返した。
「発射コード入力。制御システム解除。
SM‐X発射用意良し」
直後秒読みの声が発令所内に響き渡る。
「発射十秒前、九、八、七、六、五、四、発射用意。
リコメンド・ファイア、撃(て)ぇー」
発射釦が押されると、先ずはミサイルサイロに海水が注入され、続いて上部のハッチが開かれて行った。
次にロケットを点火し、自らの発生するガスに依って推進力を得たSM‐Xが、一分と待たずにI‐418を後にする。
そうして海面を突き破ったSM‐Xは白煙を棚引かせ、一条の光の矢となって漆黒の闇を切り裂いて行った。
希美と、遥と、比嘉と、そしてI‐418の総てのクルーの、また機上の敬美と、成と、美姫と、桂と、新田の、或いは迎賓館地下の司令部で総指揮を執る芹沢と、板倉と、高の、延いては平和を願う総ての人々の思いを背負って。
‐153‐
「ブルーストーム一号機発艦用意! 」
ブルーストーム一号機の発艦を伝えるオペレーターの声が、I‐418の発令所内に響く。
「ブルーストーム一号機発艦十秒前、九、八、七、六、五、四、発艦用意、クリアー・ザ・フォー・テイク・オフ、発艦」
オペレーターが秒読みに入った段階で、既に発艦サイロには海水が注水されていた。
それに依って生じる水圧で発艦ハッチを抉じ開け、ペリスコープ(潜望鏡)深度と呼ばれる非常に浅い水面下からではあるが、ブルーストームは海中から発艦することが可能なのである。
アフターバーナーの出ないターボファンエンジンが点火すると、ブルーストームは自身の発生するガスで発艦するのだ。
セイルの直ぐ後ろ格納型飛行甲板に続く艦尾よりのカタパルトから、今正に縦舵を掠めるように海中から発艦して行ったブルーストーム一号機が、差し詰めシャチが海面で跳ねたくらいの微かな音だけを残し、その蝙蝠のような機体を漆黒の闇に溶け込ませて行く。
そんな中無電地電話のヘッドセットを首に掛け、独りコンソールに取り付いていた金城遥が、秘匿衛星回線に繋がれた受話器を片手に、蒼白となった顔を比嘉に向ける。
「艦長、安少佐からの緊急連絡であります。
無水端里及び東倉里への爆撃を中止するようにとの要請で、高城に別の発射基地が新設された模様。
恐らく新型弾道ミサイルを、そこから発射するつもりだ。と」
昨晩迎賓館で希美から司令代行の任を命じられ、大湊まで空自の輸送機で駆け付け、未明に急遽I‐418に乗り込んだ遥であった。
通常の潜水艦よりも広いとは言え、ここI‐418の発令所内も密閉された空間であること
‐150‐
に違いは無くやはり閉塞感は否めない。
慣れぬ潜水艦作業服を身に纏い、潜航して此の方何も動きの無いまま過ごした半日余りであったが、漸く何かが動こうとしていた。
「了解した。ブルーストーム二号機の発艦を中止する。
続いて発艦した一号機も至急帰艦させよ」
そうして令する比嘉の声と、即応するオペレーターの声が指揮所内に響き渡った刹那である。
潜航時に稼動させるTDS(T a c t i c a l D i s p l a y S y s t e m =潜水艦戦術状況表示装置)のメインモニターに、飛翔物体を示すマーカーがどす黒く点滅を始めた。
「何だこれは! 」
メインモニターに釘付けとなる比嘉。
「北朝鮮・開城方面から、ICBM(I n t e r c o n t i n e n t a l B a l l i s t i c M i s s i l e =大陸間弾道弾)が発射された模様」
呻く声音で発せられたオペレーターの声に、比嘉が令する声を押し被せた。
「至急着弾地点を計算しろ! 」
オペレーターがTDBS(T a r g e t D a t a B a s e S e r v e r =情報処理装置)の弾き出した着弾地点を、間髪入れずに誦する。
「着弾地点は日本に非ず。太平洋・ハワイ諸島島嶼方面」
それは明らかに米太平洋艦隊司令部の在る、真珠湾を指していた。
直後過去の記憶が走馬灯のように遥の脳裏を駆け巡っていく。
防大を優秀な成績で卒業したものの、幸か不幸か自衛官に取って不必要な女の華を持っていたせいで、入隊当初広報担当に推された。
そんな周辺の声を一蹴して、暫くは汗臭い艦隊勤務に明け暮れる。
その頃は自身の持つ女の華を、滅してしまいたかったのだ。
何故海上自衛官に?
と、初めて会った日に希美に訊かれ、思いのままを述べてしまう。
「それは沖縄に駐留米軍が居るからであります。そして自分は駐留米軍に沖縄から出て行って欲しいのであります。
米軍に頼らない自立した国家を標榜する為には、或るいは将来米軍を沖縄から撤退させるな
‐151‐
らば、海上自衛隊が米第七艦隊と同等の力を持つ必要があると思います。
沖縄の為、延いては日本の為、そして終戦間際の沖縄戦以来、沖縄を犠牲にし続ける政府にその重い腰を上げさせる為、米第七艦隊に匹敵する強い海上自衛隊が必要であると思います。
その強い海自を創る一助になりたく自分は入隊致しました」
妹は米海兵隊員等に依る、集団強姦致傷の被害者だった。
三年前の日米合同演習の際、多少冗談めいて冷やかされたことは事実だが、それ以上のことは何も無い。
ところが常軌を逸し米海兵隊員に銃口を向けてしまった。
寸での所で撃つのを止めた迄は良かったが、駆け寄ってその銃のグリップで顎の骨が砕ける程殴り付けたのである。
相手は全治1ヶ月の重症だった。
不幸中の幸いは、遥の身上を考慮した米軍側の強(た)っての意向もあって、事が表沙汰にならず穏便に済まされたと言うこと。
無論今後日米合同演習には、一切参加させないと言う条件を付された上で・・・・・。
そうして幕長の副官としてしか、海自で生きる場所が無くなった。
往時海上幕僚監部が厄介払いするべく希美に押し付けた自身を、快く迎えてくれた今泉希美海上幕僚長。
その幕長が迎賓館を後にする前、一言だけ言ってくれた。
「もしもの時は迷わずにSM‐Xを撃つのよ。沖縄の為にも」、と。
それは一人も殺させず米軍の力を借りずに、自衛隊の力だけで日本を守れるのだと言う事を証明することに繋がる。
そしてその為には先ずは北で勃発したクーデターを阻止すること。
つまりはこの弾道ミサイルをSM‐Xで撃ち落せと言うことだ。
しかしSM‐Xを領海外で発射すると言う行為は、自身や比嘉艦長の責任の範囲を越えており、幕長が責任を問われることになる。
何時も詰め腹を切らされるのは自分達制服組なのだ。
それも日本では無く米国の、皮肉にも太平洋艦隊司令部を狙った弾道ミサイルを、日本の海上自衛隊が迎撃しようと言うのだ。
上層部が米国政府とどんな交渉をしているのかは知らないが、恐らく今回も例外は無い筈・
・・・・たとえ日本が二度目の真珠湾攻撃を阻止したとしてもである。
それでも幕長は総てを呑み込んだ上で、「撃て」と言った。
‐152‐
峻烈な視線を送ってくる、同郷の比嘉。
射るような視線でそれを押し返し、遥は強くそして静かに告げた。
「命(ぬち)どぅ宝(たから)。【沖縄の方言で命こそ宝の意】
それが日本人のぬちであっても、韓国人や朝鮮人のぬちであっても、またそれがアメリカ人のぬちであってもです」
言葉には出さず、『いいんだな』と胸中に呟きにやと嗤う比嘉。
無言を返事にした遥は、直後振り向きざまに令する声を上げた。
「対空戦闘用意」
続いて復誦するオペレーターの、「対空戦闘用意」と言う声に、今一度遥が令する声を押し被せる。
「SM‐X攻撃始め」
即応するオペレーターの声が、辺りの空気を震わせる。
「SM‐X攻撃始め。攻撃に際し発射コードを入力。
S・H・I・R・O・K・U・A・R・E、白くあれ。
後に続く発射コードを戴きます」
ひとつ肯いた遥は、「発射コード。S・U・M・O・M・O、すもも」と誦した。
幕長が自ら作成した発射コードで、旧軍の軍令部が晋王子を救い出した時のシークレットワードだったらしい。
遥を見遣りひとつ肯いた後、面前のモニターに向き直ったオペレーターは甲高い声音で返した。
「発射コード入力。制御システム解除。
SM‐X発射用意良し」
直後秒読みの声が発令所内に響き渡る。
「発射十秒前、九、八、七、六、五、四、発射用意。
リコメンド・ファイア、撃(て)ぇー」
発射釦が押されると、先ずはミサイルサイロに海水が注入され、続いて上部のハッチが開かれて行った。
次にロケットを点火し、自らの発生するガスに依って推進力を得たSM‐Xが、一分と待たずにI‐418を後にする。
そうして海面を突き破ったSM‐Xは白煙を棚引かせ、一条の光の矢となって漆黒の闇を切り裂いて行った。
希美と、遥と、比嘉と、そしてI‐418の総てのクルーの、また機上の敬美と、成と、美姫と、桂と、新田の、或いは迎賓館地下の司令部で総指揮を執る芹沢と、板倉と、高の、延いては平和を願う総ての人々の思いを背負って。
‐153‐