文字数 591文字

実は、一度だけ竜胆と外に出たことがありました。
おそらくあの日は淡い夜で、いつもより竜胆の体温が高かったのを憶えています。
異国の鼻につく甘い匂い、竜胆はすごく華やいでいて「桜を見に行きましょう」と笑い声交じりに手を引かれたのです。驚く私に見向きもせず、ぱたぱたと急勾配を上がり、ぐいぐいと手を引かれて体がつんのめり、気づけば裸足になっていました。竜胆のからからした声と時折冷たくなる風に髪と軽い羽のような花の匂いが混ざり、わたしは夢を見ているような気持ちでした。一際さらさらとした音が響き渡る場所で竜胆は足を止めました。息を切らししゃがみ込んでいると、なにか雫のようなものが私に降り積もっていくのが分かりました。手を差し伸べて掴んでみると、竜胆の唇のような質感に触れました。薄くて温度まで透ける花びら。
そっと口を付けました。
「きらきらしてる、きれい、お嬢さまみたい。」
「まぁお嬢さまのほうがきれいだけどな。」
そう言って竜胆は一人で笑いました。
「あーあ。ほんとにいい気分だなぁ。」
わたしは呆れてものも言わずに立ち尽くしていました。
それからしばらく竜胆のたてる音に耳を澄ませていましたが
「んふ、ふふふ、あははははは!!」
わたしは耐え切れず笑い出しました。というものの、寝息が聞こえてきたからです。
竜胆はその日のことを良く覚えていないようですが、わたしにとっては生涯忘れられない思い出です。


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