文字数 1,089文字

生まれてこの方、竜胆以外と会話はおろか挨拶もしたこともありませんでしたから、私はその騒音にとても驚きました。聞いたこともない音程が否応なしに流れ込んできます。
「これは人の出している音なのかしら、」
「えぇ、驚いたでしょう」
「少し怖いわ。」
本当のことを言うと、私は怯えていました。竜胆の腕に顔をうずめるようにしがみついていないと、歩くことがままならなくなりそうでした。
「少し休みましょうか」
「えぇ」
「見て、あの方、すごくお綺麗だわ。」
竜胆が歩みを止め、さっと私の肩を抱き寄せました。
「…に囲まれてしまったようですね。」
「恥ずかしいわ、上手いことをおしゃって」
「なんて詩的なんでしょう!」
「あら、そうかしらただの飾りじゃない」
「ごめんなさいね、随分と美しい人だったから、思わず声をかけてしまって。」
「それにどこかでみた事がある気がするわ。」
「急いでいるので、失礼しますね。」
足早に、音の少ない方へ引っ張られました。
「お嬢様、大丈夫ですか?」
「まさか、ここまで目を引いてしまうと思いませんでした。」
「あれは、私の事なのかしら、」
「…えぇ。ここでは美しさというものは、価値のあるものなのです。暴力といっていいほど、否応なしに衝撃を与えるものですから。」
「そうなの」
あまり、理解ができませんでした。
「ああやって、ほのかな好意に身を任せて歪んでしまえたら楽でしょうね」
小さく竜胆が呟きました。

視線

突然甲高い声が鼓膜を刺しました。
「あの人の顔、変だよ。」
「っ申し訳ありません、愚息が不躾なことを。」酷く焦る声はすぐに遠ざかっていきました。その途端に頭に針を通すような声や薄氷のような囁き声が雨の降るように広がりました。竜胆の腕の筋肉が固くなり震えたったのを感じました。
「今、なんて」
「お嬢様、」
「それほどわたしは醜悪なのです。慄くも仕方ありません。」
「そんなわけないわ!」
見えないものに支配されている世界が歪に感じました。他者はこんなにも、見えないものを見ようとしていない事も。見るということは、何かを奪ってしまうのでしょうか。
「どうしてこんな、」
「美しさは目に見えるものだけではないわ!」
彼らは、竜胆の何を知っているというのでしょうか。生まれて初めて感じる気持ちでした。何かを壊してしまいたくなるような、胸を搔きむしりたくなるような気分。
「いいんです。あなたは美しく、私は醜い。でも、貴方は私を見てくれているでしょう。美しいと言ってくれるでしょう。何の問題も無いのです。」
「できたら…目が見えるようになった後も、私を見てくれたら嬉しいです。」
「勿論よ!」
「私が証明するわ。貴方が美しいって。」
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