文字数 1,171文字

「暖かくなったわね。」
庭は、様々な匂いが彷徨っていました。沁みる鼻腔に、強まり弱まる風がところどころ肌を撫でました。耳元は蠢く細かい音やぱちぱちと泡立つ音で満たされていきます。
「えぇ、庭もだいぶ色付いてきましたね。」
「いろ、」
「そういえば、あまり色について詳しく教えたことがありませんでしたね」
手を引かれて降り立った地面はしっとりとしていました。
「例えばお嬢様、触ってみてください。」
滑りの良いつるつるした艶に、一層青くしなやかな匂いが強くなりました。
「これは赤。」
「今日のように晴れた外で上を向いた時の光の色が赤です。」
上を向いて光をみようとしました。たしかに、あか、が広がったような気がして、わからないけど、新鮮な色でしょうね。
「こちらは白です。」
円やかに漂う香りと千切れそうな光沢が
「白は赤よりも、とても強い光の色。」
次々と控えめ甘さに撫でられ、手が触れ、
「黄は、昼にまっすぐ前を向いた時」
「桃は赤と白が混じった色、橙は赤と黄が混じった色」 
軽い感触がほどけていきます。
「地面や土は茶色です。」
「茶は、赤や黄の影色。」
「ほかにも、空は青。冷たいうす暗い場所に差し込んだ光。」
「緑は、木陰と木漏れ日。」
「紫、赤と青の混じった色、下を向いた影色。」
「夜の星や月は銀、暗闇の中の光。」
「色は熱なのね。」
「わたし、色って好きだわ。」
風は?音は?人は?これは何色だろう、考えるだけで笑みがこぼれました。
「きれいね、きれいなのね!」
「ねぇ竜胆、教えてくれてありがとう。」
竜胆を抱きしめました。
「私が今感じている熱が一番ですよ。」
しばらくしていると、頭上に冷たい何かがかかりました。私の地肌を通り抜け、少しぬるくなったそれを見やろうと、上を向きました。
「あら、天気雨ですね。」
どうやらこれは雨のようでした。ざらざらとした音は聞いたことはありましたが触れるのは初めてのことでした。私の冷えた表面に、陽射しは強く入り混じり、徐々に染み込んでいく。わたしは磨かれ艶をもち、べたつく。そうして、つめたいかわからなくなるまで立っていました。
「お嬢様、風邪をひかれては困ります。」
わたしの頭上に何かが差し出されました。落ちてくる音が一層反射して、体に入り込んでくるそれが無くなりました。
「雨、」
「雨は何色なのかしら」
「雨には色がないのですよ。光です。」
「そうなの。」
「雨って、空から降るのよね?」
「えぇ。そうです。」
「空ってどれくらい高いのかしら。竜胆が手を伸ばしたら届く?」
「いいえ、誰にも届きません。触れられないところにあるのです。」
「そんな高いところから降ってきて、痛くないのも不思議だわ。」
「それは、空が私たちを包んでいるからですよ。」
世界というものは、随分と変わった形をしているのでしょう。
「見てみたいものね。」
けれど、きっと、とても美しいのでしょう。

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