第八話 狩人たち

文字数 4,764文字

 
 教会に戻ってみるとパトリックが出迎え、安堵の表情を浮かべた。
 
「ご無事で何よりでした」

と、恐縮してしまうようなことを言う。マリアは、
 
「え、ええ。ありがとう。心配をかけてしまったかしら?」

と、こちらも殊勝な返事を返してしまった。ここまで本気で心配されるとは思っていなかったらしい。

 異端審問会からの派遣と聞けば、どこの教会も嫌な顔をする。余計なことに巻き込まれたくないのは誰しも同じだ。もちろん、建前上は好意的に振舞うが、相手の目を見れば本心は明らかだし、マリアはそれらを見抜く能力に長けていた。
 パトリックは本心から心配してくれたのだ。

 マリアの感謝の言葉を聞いたパトリックは照れたのか、慌てて断りを入れてきた。

「え!? あ、いえ、あの辺りは物騒ですから……。ああ、ご夕食の用意は出来ております。それと、他の五人もお待ちですよ」
「ああ、そうでしたね。では着替えてきますので、少々お待ち頂けますか?」

 こんな格好ですから――と両手を広げて示すマリアに、

「ええ、もちろんです」

 パトリックが顔を紅らめて答えた。()()()()――という言葉に変な想像を掻き立てられてしまったようだ。そんなパトリックの心情を見透かしているのかどうか、マリアはいつも通りの冷静な声で、

「では、すぐに参ります。食堂の場所は分かりますので、お先にどうぞ」

と言って、部屋に消えた。いつもの修道着で出てくるまで、二分と掛からない。
 『お先に』と言っておいたのに、パトリックは部屋から少し離れたところ――廊下の角で待っていた。部屋の前で待つのは憚られると考えたのであろう。せっかく待っていてくれたのだからと、マリアは近付いて頭を下げた。

「お待たせしました」
「いえ。では参りましょう」

 勝手なことをしたのに、そのことには一切触れないマリアにパトリックも恐縮しつつ、奥の食堂へと案内した。

 建物自体が古いこともあるが、資金の乏しい時代に建てられたのであろう。全体として、使われている木材が薄い。費用削減のためか、材質も悪いようだ。
 食堂へと向かう二人の足元で床材が、ミシミシと音を上げる。無論、マリアは足音を立てずに歩くことも容易だったが今はその必要もなく、パトリックが訝しむような行為を避ける意図があったようで、前を行くパトリックと同様にギシギシと床を軋ませていた。

 食堂には、使い込まれた古びた長机が三つ置かれ、それに合わせて椅子が六脚ずつの計十八脚、並べられていた。往年は、これらが埋まるくらいの人が、この教会にもいたのだろう。
 一つの机には二人の男と一人の女の、計三人が、もう一つの机には男が二人――大柄な男と並のサイズの男だ――が座っていた。
 入って来たパトリックとマリアを見るや否や、大柄な男性は、

「おお。こりゃあ、すげえ別嬪(べっぴん)さんが来たもんだ」

と、体躯同様の大きな声を上げた。気さくで砕けた性格と言って良さそうだ。ごつごつとした顔も人懐こくて、どこか愛嬌がある。もっとも、これが戦いの場ともなれば、鬼神の如き形相に変わるのだろう。
 手にはワイングラス。顔が少し紅みを帯びているのは、すでに何杯か飲んでいるからだ。見れば、近くにワインボトルが二本あり、そのうちの一本が()()()いる。すでに一本分は空けたらしい。一緒に飲んでいたもう一人が、持っていたグラスを挨拶代わりに掲げて見せた。
 大男の発言を聞いた女性が、
 
「貴方はすぐ、それね」

と、呆れた声を上げ、斜め向かいの男性が、

「全くです」

と、同意を示した。その横に座る男性も同じ意見か、しきりに頷いている。
 ただ、この三人は仲が良いのではなく、この大柄な男性に対しての態度が一致しているだけなのが一目で見て取れた。

 女性は二十代半ばか。ブラウンの瞳と長い髪を持ち、美しい顔立ちをしていた。赤く染められた革製の上着と茶色の男物のパンツを穿いている。まだ女性はスカートが一般的なこの時代に、パンツとは珍しい。
 顔立ちは整っており確かに美女だが、マリアほどではない。色香ではマリアのそれを凌駕しているが、全体の雰囲気では二枚落ち――と言ったところか。
 それと、先ほどの大柄な男の発言を内心では気にしているのか、同じ女性として負けられない気持ちからなのか、マリアを()めつける視線は刺々しかった。切れ長の目は知的だが、目尻で多少吊り上がっていることが冷たく、きつい印象を与えている。それが、他人を寄せ付けない雰囲気を醸し出していた。
 
 男の一人は三十歳前後。細身で長身の体躯、灰色のツェードの上下を着ている。眼鏡の奥で光る瞳はこちらも細いが、綺麗に撫で付けた黒髪、丁寧な口調と相まって、女性同様の冷たさだが、さらに氷のような印象である。蛇のような酷薄さも与えているのは薄く長い唇が原因か。
 つまるところ、情というか温かさというか、そんな人間味に乏しいのである。付き合ってみれば違うのかも知れないが、初見の人間であれば、この人物は〝()〟で動く――そんな第一印象を与えてしまうのである。

 眼鏡の男の横にいる男は中肉中背、歳の頃は四十過ぎ。眼鏡の男よりは角ばって見える顔に口髭を生やし、褐色のツェードの上下を着ていた。普段は薄くなり出した髪を隠すために被っているのだろう帽子とステッキを、すぐ傍らに置いていた。

 大男の隣の男も上下はネイビーブルーのツェードだったが、室内でも革製のハーフコートを着ていた。こちらは二十代だろう。涼しげな微笑を浮かべた優男風の男前だった。

 大男とその横の男はすでに飲んでいるが、他の三人は律儀にも運ばれている料理に手を付けずにマリアを待っていたらしい。スープが湯気を立てているところを見ると、それほどの時間は経っていないようだ。
 夕飯の献立は豆を煮たスープとマッシュポテト、それとパンにワインだった。

「何分と貧しい教会ですので、これぐらいしかご用意出来ませんが……」

と、パトリックが申し訳なさそうに言った。
 マリアが五人と距離を取れるところに席を決めると、五人の目付きが変わった。自分たちと同じ種類の人間だと判断したらしい。
 パトリックがマリアの分を運んでくると改めて、パトリックが紹介を始めた。

「簡単にご紹介させていただきます。先ほどからワインを召し上がっているのがウィリアムさん。その横の方がリックさんです。そちらの眼鏡をかけていらっしゃる方がランドさんで、その横に座られているのが、トーマスさん。向かいの彼女がエリスさん。こちらはマリアさんです」
「ウィリアムなんて長いだろ? ウィルと呼んでくれ」

 大男がウインクをしながら、略称で呼んでくれてもいいと告げた。その方が気が楽だ――とも言った。エリスとランド、トーマスがグラスを掲げて挨拶をした。マリアも静かな会釈を返した。

「皆さん、異端審問会からの依頼でお見えですので、すでにお知り合いの方もいらっしゃるかと思いますが、どうかこの教会内では諍い事のないようにお願いします」

と、パトリックが注意を促した。
 マリアに対しては、その所属はともかくも、教会の人間だから信用しているが、他の五人のことは、その仲を疑っている――ということのようだ。ことあるごとに口論にもなりかねない五人の会話に辟易としているのかも知れない。

「では、仕事上のお話もありましょうから、私たちはこれにて……」

と言い残して、パトリックともう一人の修道士が慇懃に挨拶し、奥の部屋へと退がった。どんな内容の話でも出来るように――と気を使ってくれたのであろう。
 スープを口にし出したマリアを除いて、五人は顔を見合わせ、頷いた。口火を切ったのはエリスであった。

「ねえ? 任務にあたって、みんなの得意分野を教え合わない? その方が何かと都合がいいだろうしさ」
「俺は構わないぜ。と言っても、俺はただの槍使いなんだがな」

と、これはウィリアムだ。これ以上、教えることも隠していることも何もない――と言った(てい)だった。実際、槍使いだと分かった時点で、基本戦略は槍の間合いでの接近戦だけしかありえない。
 ウィリアムの言ったことは実に明快だ。

「俺も刃物を使う。何を使うのかは内緒だ」

 低い声でそう言ったのはトーマスだった。勿体ぶって言っているが、単純に考えれば、傍に置いているステッキだろう。剣が仕込んであると、皆が踏んだ。トーマスも、にやりと笑っている。バレバレなのを承知で言ったのだ。
 黙っていた時は気難しそうだったが、笑えば、人を惹き付ける雰囲気を持っていた。
 
「私もトーマスさんと同じです。使う得物は剣です」

と、マリアが硬いパンを千切りながら言った。残った五人が顔を見合わせた。本部所属と聞いていたマリアが手の内を明かすとは思っていなかったからである。

「俺はこれだ」

と、リックは人差し指と親指をピンと伸ばした形で物を持つように他の指を丸め、手首を上に振った。バン、と銃を撃つマネをして見せたのだ。それだけで、皆が理解した。

「え、えっと……次はあたしね。あたしは言わば、〝結界師〟。この中じゃサポート役ね」
「え? 私ですか? あまり言いたくはないんですがねえ……」

とエリスに、最後は貴方よ――というあからさまな視線を送られたランドは、出来ることなら言い逃れたいと断った後、

「まあ、〝風使い〟――だと思っていただければいいでしょう」

と、大まかなことだけを言った。

「何よ、それ。それだけ?」
「ええ。それだけです」

 聞き咎めたエリスの問い詰めにもランドは平然としたものだった。余程、手の内を曝け出したくないのであろう。
 そこへ、

「その〝()〟とは〝()()()()()〟のようなものですか? ランドさん」

と、マリアの淡々とした声が重なった。

「〝かまいたち〟?」

 当のランドを始め、エリスたちも不思議そうな顔をしている。マリアは言葉を継いだ。

「失礼。〝Giappone(ジャポーネ)〟――〝Japan(日本)〟の言葉です。英語でこの言葉に相当するものはありません。意味を表すなら〝cut in the skin caused by a vacuum formed by a whirlwind〟――つまり、〝渦によって形成される真空によって引き起こされる皮膚切断〟といった事象・現象になりますか」

 ランドの顔が僅かに歪む。それは他の誰も気付かない、ほんの微かなものだったのだが、マリアはしっかりと確認した。間違いはなさそうだった。

「では、エリスさんと同様、遠距離からのサポート――ということでよろしいのですか?」
「ちょっと待って下さいよ。私はまだ〝()()〟とは……」
「言っていませんね。確かに。皆さんはどうです? 組みますか? それとも、それぞれ単独での活動をお望みですか? 私はどちらでも構いませんが」

 五人は意外そうに顔を見合わせた。何とも大人しそうな顔をしているが、この修道女は言うことが手厳しい。

「俺は組んでもいいが、報酬が……な」
「当然、人数割になりますものね」

 同意を求めるように周りを見回しながら呟くウィリアムに、すかさずマリアが補足する。他の四人も同様のようだ。それを察したか、

「では、今しばらくはそれぞれが独自に探索、解決の道を探る――ということで結構ですね?」

と、マリアが取り仕切るように宣言した。五人は頷き、

「まあ、今後は状況の変化次第……でいいでしょう。マリアさんもそれで構いませんね?」

 ランドが締めくくるようにそう言った。マリアも頷き返し、

「分かりました。それでは、私はもう一度、街へ出てみますので、これで失礼します」

と、いつの間にやら食事を終えていたマリアが立ち上がって、お辞儀をした。
 呆気に取られる五人を残し、マリアは自室へと戻った。

 部屋へ戻ると、また先ほどの衣服に着替え、マリアはそっと部屋を出た。 


 
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