第三十話 epilogue

文字数 1,283文字

 
「……以上が、フィレンツェ近郊で起こっていた『イル・モストロ事件』の全容となります。今回の事件の解決は、(わたくし)が派遣したマリア、及び、特務隊の活躍に因ります」

 後日、直属の上司であるモンティ枢機卿の事務室へ報告に上がったコッツィ卿は、意気揚々と顛末を語った。まるで、事件解決を自らの功績とばかりに――。
 モンティ卿はコッツィ卿の報告を黙って聞いた後、

「そうか。分かった」

と静かに頷いた。それから、

「コッツィ卿。一部から、こんな報告も上がっているんだがね」

と頑固な老教師のような面持ちで、モンティ卿は手元の資料を見ながら続けた。それは、コッツィ卿が手渡した物とは別の資料だった。そう言えば、ここへ来た時には、すでにその資料が机上にあったとコッツィ卿は思い出した。

「は? はい」
「今回の件で功績のあったマリア君が、『増援は無用』と断りを入れたのを無視して、君が特務隊を送ったそうじゃないか」
「い、いえ……。あの増援は必要であった――と確信しております」
「送った特務隊の八割が死傷した――との報告が出ているが?」
「怪異や妖物、妖魔の係わる事件に、多少の損失は付き物です。また、そうでなければ、この事件は解決しなかったでしょう」

 思わぬところを問い詰められたコッツィ卿が、慌てたように弁明した。

「君が、自らの名声を高める目的で隊員たちを派遣し、彼らを無駄な死に追いやった――という声が上がっているのだがね?」
「いえ……そのようなことは決して……」

 コッツィ卿の答弁がしどろもどろになっていった。彼の顔は火照ったように紅潮していた。緊張しているのだろう。額には大粒の汗が浮かんでいる。まるで、悪さをした生徒が教師に怒られている様(さなが)らであった。

「これらは、君が送り込んだ特務隊の隊員たちからの声なんだがね」
「は……」

 そしてモンティ卿は、〝自身の栄達のために組織を私物化した〟としてコッツィ卿に、現在の役職の罷免を告げた。
 コッツィ卿に不利な証言をしたのは、マリアに助けられた隊員たちであった。彼らは口を揃えて、こう主張した。
 曰く、
 
 「自分たちの増援は無駄であった」
 「自分たち増援の存在は、マリアさんの足を引っ張っただけであった」

――と、このように明言したのである。
 結果、聖職にある人物として相応しくないと、枢機卿の位をも剥奪され、コッツィ卿は完全に失脚した。


 どこの街かは分からない。その夜の街を、一人颯爽と歩くミケーレ。
 自然と握り締められたその手には、ブラウン色の手袋が嵌められていた。


 ヴァチカンの自室で、マリアは頬杖をついて、机に置いた()()を穏やかな微笑を浮かべ、飽きることなく眺めていた。

「マリア、居るかい?」

 ドアをノックして、マリアを呼ぶ声がした。ドアを振り向いたマリアは、

「はい。何か御用でしょうか?」

 そう返事をして立ち上がった。

「ああ、ルッジェーロ卿がお呼びだ」
「分かりました。すぐに伺います」

 そして、マリアは部屋を出て行った。
 机の上には、一双のオレンジ色の手袋が置かれていた。


                              ―完―

 
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