第6話 連綿

文字数 1,196文字

 タイからの女性、その名はノーン。タイ語で「妹」という意味らしい。女きょうだいのいなかった野丸(のまる)には、その名も魅力に思えた。決められた伴侶だが、愛し合った。子どもは多くの場合、二人。人工受精ということもあり双生児も多いが野丸夫婦は異なるタイミングでの出生を選んだ。尚、ホモ・サピエンスとして生を受けることのなかった受精卵は、地球で育てられる。実際に何個の受精卵が地球に送られているのかは非公開だ。地球に自分の遺伝子を受け継ぐ個体が存在する、という事実はしかし、「ノア」住民と地球とを繋ぐ心の支えとなっていた。

 野丸が地球の両親に連絡をした時、既に彼の父は死亡していた。が、意識を機械に残しており、その機械が知らせを聞いて喜んだという。こうしたやり方に賛同できなくなった場合は、地球に帰ることを選択できる。「ノア」で天寿を全うした遺体は加工され、利用できるものはやはり「ノア」で使われた。野丸たち移住第一世代は、地球時代から持ち続けていた信仰を継続するものがほとんどであったため、葬儀や埋葬に関してはそれぞれの希望を叶えるよう努力はなされた。土葬として遺体そのものを埋めることのみならず、火葬後の遺骨も「ノア」内に残すことは許されなかった。そのため第一世代は死後、あるいは臨終直前に地球へと運ばれる者も多かった。第二世代以降、この合理的な「ノア」のシステムに合った思想、宗教観が形成されていくことになった。当初南極側に作られた様々な宗教の礼拝施設は、第五世代までに統一された。

「ノア」の政治体制は、十二歳以上が全員参加する合議制をとった。議会は北極近くの大きな建物で行われる。それは主に赤道付近にある両半球の居住区からほぼ同じ距離にある。凡人たちの集まりであるノアでは、意見を言うものが少なかったが、それでも意見の対立は生じてしまう。「ノア」の計画自体はNASAが深く関わっており、地球からの意向はすなわちアメリカの意向に近かった。しかし、人口構成上、「ノア」の多数派は中国人とインド人であった。「ノア」にいるアメリカ出身者はわずか三人。地球上で「同じ価値観を持つ」とされる日本人の野丸などを含めても、アメリカの意向を完全に汲む決定には至らないことも多かった。野丸自身、心情的にアメリカ寄りだったが、その彼らが野丸のことを見かけで判断し、チャイナ呼ばわりするので、いつの間にか中国人達に合わせることも増えていった。更に悪いことに、アメリカの三人は自己主張が強く、常に意見が一致する訳ではない。ここが中国の十人と決定的に異なっていた。結果的に「ノア」の意見は、地球でいうところの中国寄りとなりがちだった。対抗手段として地球上の欧米諸国は、「ノア」に宇宙兵器を持たせないよう画策することしかできなかった。しかしこれも世代を重ねる度に、「ノア」独自の判断を行っていくこととなるのは、当然の経過であった。
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