第1話 計画

文字数 1,804文字

 約四十六億年の年月をかけ、地球は現在の形になった。その地球の上で人類は我が世の春を謳歌していた。現生人類と呼ばれるホモ・サピエンスは長く見積もっても約四十万年前、霊長類にまで広げても六千五百万年前にようやく誕生した。ホモ・サピエンスは、地球の一パーセントにも満たない期間の住人に過ぎないのだ。

 そんなホモ・サピエンスは、道具を使い、自然環境を急速に変えていくことで自らの勢力範囲を拡大した。東アフリカの大地から南アメリカのホーン岬までを蹂躙し、植物を植え替え、動物を家畜とした。これまで生物が辿ってきた自然淘汰と進化の時間を、大きく逸脱した勢力範囲の拡大だった。そしてそれは、産業革命、さらに人工知能の登場で一層の加速を見せたのだった。しかし物事は良い面ばかりではない。いや、むしろ良い面があれば必ず悪い面も存在する。ホモ・サピエンスの急激な増殖は、他の生物のみならず、地球そのものの存在すら脅かしていた。最たるものが核戦争であり、地球温暖化だった。自分の尻は自分で拭くつもりで、ホモ・サピエンスは更に地球に手を加え、自らを改良する。元来進化には明確な意図はなく、偶然の変化が重なったものだと言われる。ところがホモ・サピエンスの選択は逆だった。自らを利するための工夫をし、発展したのだ。他の生物の生命も含め、ホモ・サピエンスの思うが通りに利用して良い、と考えるのも当然だった。

 その結果、地球上には機械や他の生物と融合した新しいホモ・サピエンスが誕生した。ホモ・サピエンスほどの複雑な構造であれば、本来は体の一部を失った場合に新しいものが生えてくることはない。それが自然のルールだった。しかし、ホモ・サピエンスは地球上に散らばるものを材料として、その代用物を作ってしまった。そうした技術は更に発展し、他の生物を直接利用できるまでに至った。例えば、光合成できる細胞を自らに取り入れるようなことだ。逆に言うと、生物としてのホモ・サピエンス単体では環境変化には全く対応できていない、ということなのである。

 ところでそのホモ・サピエンスには困った習性があった。失われつつあるものを保護し、既に失ったものは取り返そうとする習性だ。絶滅危惧種やホモ・サピエンスの価値観に適った自然の景観は保護される。ネアンデルタール人やマンモスを復活させることにも成功した。このようなホモ・サピエンスが次に考え付いたこと。それがホモ・サピエンスそのものの保護だった。変わっていく自らの種の中に、決して変わらない一派を作っておこう、という発想だった。人権団体や宗教家などからの反発はもちろんあったが、機械化や他種融合だけがホモ・サピエンスの未来を約束する技術ではないはずだ。選択肢は多い方がよいし、コントロールとしてオリジナルを保っておきたというのは、研究者の発想として当然のものだろう。そして自然主義ともいうべき、反機械、反医療の一派もこれに賛同した。ただ、こうした推進派が自ら保存される対象に立候補することはなかった。

 そんな中、国連とNASAが共同でプロジェクトを立ち上げた。まず地球と同じような環境を再現した人工の惑星を作る。惑星なので太陽の周りを回るのだ。人工知能制御で安定した環境を維持できるその人工惑星にホモ・サピエンスの一部を移し、ホモ・サピエンスらしい環境で生活する。人工惑星のホモ・サピエンスは機械や他の生物を身体の一部とすることはしない。もちろん希望する場合は、地球に戻ってくることができる。保存すべきホモ・サピエンスこそ地球に残っておくべきだという意見も強かったが、現状地球では、身体に機械や生物を意図的に仕込んだものの方が多数派になっていたのだから仕方が無い。しかもこれをイノベーションと称しはやし立てているので、今更引っ込めるわけにはいかない。こうした産業に関わる人間の数も圧倒的に増えている。少数派こそ地球を出ていくべきである、ということなのだ。

 となれば、地球を出て人工惑星に行くべき人を選ばなくてはならない。人種や国籍などがその時点の地球と同様になるような割合で各地からの代表を選出した。そのころ地球上のホモ・サピエンスは八十億人に達しており、身体に機械や他の生物を埋め込んでいない、生殖可能な男女合計八十人を選抜することになった。日本は約一億人の人口を抱えているので、一名が選ばれるという計算である。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み