第8話 帰還

文字数 1,022文字

 地球人からみると、「ノア」は理想郷だ。温暖化や火山の爆発、大地震、さらに新興感染症といった自然現象のみならず、核兵器を含めた戦争のリスクなどが一切ない。そして生物学的な純粋さを保ちながら生きることができる。自らの健康のため、そして激変する環境に合わせるためにその容姿のみならず、機能も変えていった地球人。その彼らには、交渉を閉ざそうとする「ノア」はむしろ神聖なものと映った。拒絶されるほど、相手への思いは募る。人間らしい気持ちはまだ保っている証拠だった。それが発展し、「ノア」は地球人にとって新たな信仰の対象となっていった。これまでどんな宗教家にも出来なかった偉業が達せられそうになるが、地球の歴史上、そのような統一は成し得ない。「ノア」に対する姿勢も、数多く存在する争いの種の一つにならざるを得ない。


 一方の「ノア」。第五世代に宗教的統一を成し遂げ、敵視する地球への対抗手段を徐々に備えつつあった。「ノア」では地球との定期船も不要と判断され、ここ二十年は交流が途絶えてしまった。
 野丸の遺伝子を受け継ぐ「5-26」の仕事は、地球への先制攻撃を検討することだった。しかし、やはり野丸の血筋だ。その兵器を使用する最終決定は誰かにやってもらいたい。面白いことに中国にルーツを持つ一家系だけが、第五世代になっても近親交配を重ねていた。「5-50」は鄧近東(とうきんとう/トンジントン)という地球人名を持つ。こんなプログラムは、誰が仕組んだのだろう。今では地球に確認することもできない。その「5-50」はリーダーシップがあり、地球への「訪問」を提唱した。名目は故郷への表敬だ。その気持ちはしかし、嘘ではない。彼らにも故郷の地への憧憬は心の奥底に残っている。だがもちろん、「5-26」が開発した武器を携行する。必ずしも使用するものではない、と言いながら。



 万全の備えをし、「ノア」のホモ・サピエンス十名が地球に向けて飛び立った。あれからわずか一年のことだった。





 大気圏に突入しても尚、地球からの通信が入らなかった。技術的な乖離もあるかもしれないとしばらく上空で待機したが、何も起こらない。鄧は待ちきれず、ある地点に降り立つことに決めた。着陸に際しても何ら障害はなかった。

 そして、純なるホモ・サピエンスがついに地球に帰還する。


 ハッチが開いた。目の前に広がる光景。これが、故郷の地球――。



 彼らが見たものは、「ホモ・サピエンス」はおろか、生物の影すらない、不毛の星であった。


[完結]
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