第3話 選抜
文字数 2,732文字
翌日、野丸 の元に次のメールが届いていた。通勤電車に乗るときに確認したのだが、文面からは前回の設問を突破したのかどうかはよくわからない。しかし、またいくつかの問題を出されているようだ。ただ今度も知識、というより常識を問うらしく、調べずに回答せよ、との注文がついている。それを強制するかのように、そのファイルを開いてからの時間がカウントされるらしい。十分ほどの時間がとれない場所では回答しないようにと書かれている。同一の端末で検索すると先方にはばれてしまうかもしれないな、と思った。回答期限は数日先だったこともあり、仕事が終わってから自宅で取り組んだ。問題は、例えば「世界の人種を所得でランキングすると、白人が最も所得が多い」を○×で答える。こういう常識的な問題が十問。これで何を測るのだろう。全問正解が望まれているのだろうか。それとも皆が間違える問題は、きちんと間違えるべきなのか、むしろそこを悩んだ。同じような問題が十問程度あるだけで、この試験も終了だった。
ちょうど一か月経った頃、連絡が来た。今度は都内に呼び出された。野丸は静岡市に住む。居住地でも凡人を選ぶなら東京都民だけが対象になってしまうはずなので、そこは不問なのだろう。
東京のビルには男女合わせて三百人くらいが集まっていたようだ。男女比はほぼ五分五分。性的マイノリティーの人もいそうだが、凡人を選ぶのだから、きっと落選するだろう。世界のバランス的には最終の八十人の中に何人かは入るはずだが、果たしてどこの国地域から選ばれるのだろうか。自分のことではないながらも、野丸は考えた。ここで行われたのは、体力測定や医学的な検査だった。ようやく宇宙飛行士の選抜のような雰囲気が出てきたが、難しいものはなかった。
どのような基準かは結局分からなかったが、二週間後の選考会に来たのは、たった二十人だった。男性九名、女性十名、見かけでは良く分からない人が一名だった。ここでの合格者は一週間後に渡米し、そのまま人工惑星に旅立つ可能性があるとのことだった。それを聞き、男性一名、女性二名が辞退した。その後TOEICを縮小したような英語のテストと就職活動時によくやらされたSPIのようなものとを受験した。今までの過程を考えると、点数の上位が選ばれる訳でもないだろうとは思うが、TOEICはやっぱり出来た方がいいのだろうか。であれば選抜の初期に実施した方が大量に振るい落とせる訳だから、この時点で行うのは、あまり選考には影響しないということだろう。TOEICのスコアはいつも通りだと思った。取り繕いようはない。SPIは、嘘を選んでもボロが出るものなので、素直にやった。他の受験生とは、公式に話す機会はなかったが、座席が近い女性とは少し会話を交わした。彼女も選考基準に戸惑いながらも、人工惑星への移住が楽しみなのだと言う。失礼ながら平凡そうなお嬢さんで、取り立てて美しい訳でも醜い訳でもない。きっと彼女からは自分もそう見えているのだろうなと思う。野丸は、移住については楽しみもあるが、実は不安も大きい。そんなすごいものに自分が選ばれるとはとても思えない。彼女のように楽しみだ、と言い切ることはできなかった。
しかし、野丸は採用通知を受け取った。野丸は身震いして、田舎の母と弟に連絡した。母は心配そうだったが、まあ、あんたの人生だから、と諦めている。弟は、明日早速お客さんや従業員に自慢していいか? と聞く。明日午前の公式発表を待つ方が賢明だと思ったので、そうお願いしたが、どうだったのだろう。
少しもめたが、野丸の急な退職でもやはり会社はそう困らないらしい。渡米の二日前までには円満退職ができた。友人以上恋人未満だと思っていた女性に打ち明けたところ、あっさりとふられた。もちろん彼女のところにも最初のメールは届いていたはずだが、開きもせずにゴミ箱に移したのか、全く記憶にはないようだ。そしてそんな大事なことを今まで黙っていた、というのが野丸をふった理由だが、彼女は例え自身が人工惑星に行く権利を得ても行使しないだろうと思う。それでこそ凡人だと思うが、応募という最初の一歩を自分で踏み出せるレベルの凡人が欲しい、という複雑な選考基準なのだろうから仕方がない。
羽田の第三ターミナルに、スタッフだという女性が国連とNASAの旗を掲げて待っていた。今更ながら緊張してきた。そのスタッフは日本人のようなので安心した。アメリカ西海岸の空港で、二人の日本人と合流した。東京で会話した女性ではなかった。
アメリカで宇宙飛行士のような訓練が受けられるのかと期待していたのだが、手順を示すVR体験を何度かやって、あとは軽い運動をする程度だった。英語は、自動翻訳機がなんとかしてくれるし、最近の宇宙食は美味しい。宇宙空間で考える必要があるのは排泄のことだけだと何度も強調された。その訓練が一番多く行われた。世界中から約二百五十人が集められているそうだが、自分たちの周りにはアジア系の人間しかいないように見える。中国語らしき言葉でしゃべるグループがいくつかあって、それが多数派を占めるようだ。でも中国人の集団はちょっと馴染めず、結局日本人三名で固まって、他のグループとは距離を保った。ただこの三名全員が人工惑星に行くということではない。予備や調整のための要員が含まれていることは、皆が分かっていた。しかも凡人が選ばれるのだから、日本人としては極力控えめに過ごすのがよいのではないだろうか。英語と中国語が出来て、多少は他のグループと交流しているあの女性は、脱落するのではないだろうか。
そしてメンバー発表の日を迎えた。今までこうした発表はメールで行われたが、今回は全員集めて名前を読み上げるやり方のようだ。そしてそれは、記者会見も兼ねている。
まずは最大派閥の中国人。人口構成的には十五人くらいの配分だが、多様性の観点も重視されているようで、中国人は十人に抑えられた。いくつかあった中国人グループのうち、ある二つから多く選ばれたようで、他の集団は静まり返っていた。次がインド。これも十人。そしてインドネシア、パキスタン、バングラディッシュが二人ずつ。偶数だが、男女比が同じという訳でもなさそうだ。そして日本。野丸だった。名前を呼ばれ立ち上がった時、日本からの取材陣だろうか、フラッシュが一斉にたかれた。こんなに眩しいのか。残る二人をみたが、むしろほっとしているような表情だった。
同時に、人工惑星計画の詳細も発表された。人工惑星の名は「ノア」。「旧約聖書」で有名な、洪水を免れた人物。人工惑星への移住者は、現代におけるホモ・サピエンスのノアなのだ。
ちょうど一か月経った頃、連絡が来た。今度は都内に呼び出された。野丸は静岡市に住む。居住地でも凡人を選ぶなら東京都民だけが対象になってしまうはずなので、そこは不問なのだろう。
東京のビルには男女合わせて三百人くらいが集まっていたようだ。男女比はほぼ五分五分。性的マイノリティーの人もいそうだが、凡人を選ぶのだから、きっと落選するだろう。世界のバランス的には最終の八十人の中に何人かは入るはずだが、果たしてどこの国地域から選ばれるのだろうか。自分のことではないながらも、野丸は考えた。ここで行われたのは、体力測定や医学的な検査だった。ようやく宇宙飛行士の選抜のような雰囲気が出てきたが、難しいものはなかった。
どのような基準かは結局分からなかったが、二週間後の選考会に来たのは、たった二十人だった。男性九名、女性十名、見かけでは良く分からない人が一名だった。ここでの合格者は一週間後に渡米し、そのまま人工惑星に旅立つ可能性があるとのことだった。それを聞き、男性一名、女性二名が辞退した。その後TOEICを縮小したような英語のテストと就職活動時によくやらされたSPIのようなものとを受験した。今までの過程を考えると、点数の上位が選ばれる訳でもないだろうとは思うが、TOEICはやっぱり出来た方がいいのだろうか。であれば選抜の初期に実施した方が大量に振るい落とせる訳だから、この時点で行うのは、あまり選考には影響しないということだろう。TOEICのスコアはいつも通りだと思った。取り繕いようはない。SPIは、嘘を選んでもボロが出るものなので、素直にやった。他の受験生とは、公式に話す機会はなかったが、座席が近い女性とは少し会話を交わした。彼女も選考基準に戸惑いながらも、人工惑星への移住が楽しみなのだと言う。失礼ながら平凡そうなお嬢さんで、取り立てて美しい訳でも醜い訳でもない。きっと彼女からは自分もそう見えているのだろうなと思う。野丸は、移住については楽しみもあるが、実は不安も大きい。そんなすごいものに自分が選ばれるとはとても思えない。彼女のように楽しみだ、と言い切ることはできなかった。
しかし、野丸は採用通知を受け取った。野丸は身震いして、田舎の母と弟に連絡した。母は心配そうだったが、まあ、あんたの人生だから、と諦めている。弟は、明日早速お客さんや従業員に自慢していいか? と聞く。明日午前の公式発表を待つ方が賢明だと思ったので、そうお願いしたが、どうだったのだろう。
少しもめたが、野丸の急な退職でもやはり会社はそう困らないらしい。渡米の二日前までには円満退職ができた。友人以上恋人未満だと思っていた女性に打ち明けたところ、あっさりとふられた。もちろん彼女のところにも最初のメールは届いていたはずだが、開きもせずにゴミ箱に移したのか、全く記憶にはないようだ。そしてそんな大事なことを今まで黙っていた、というのが野丸をふった理由だが、彼女は例え自身が人工惑星に行く権利を得ても行使しないだろうと思う。それでこそ凡人だと思うが、応募という最初の一歩を自分で踏み出せるレベルの凡人が欲しい、という複雑な選考基準なのだろうから仕方がない。
羽田の第三ターミナルに、スタッフだという女性が国連とNASAの旗を掲げて待っていた。今更ながら緊張してきた。そのスタッフは日本人のようなので安心した。アメリカ西海岸の空港で、二人の日本人と合流した。東京で会話した女性ではなかった。
アメリカで宇宙飛行士のような訓練が受けられるのかと期待していたのだが、手順を示すVR体験を何度かやって、あとは軽い運動をする程度だった。英語は、自動翻訳機がなんとかしてくれるし、最近の宇宙食は美味しい。宇宙空間で考える必要があるのは排泄のことだけだと何度も強調された。その訓練が一番多く行われた。世界中から約二百五十人が集められているそうだが、自分たちの周りにはアジア系の人間しかいないように見える。中国語らしき言葉でしゃべるグループがいくつかあって、それが多数派を占めるようだ。でも中国人の集団はちょっと馴染めず、結局日本人三名で固まって、他のグループとは距離を保った。ただこの三名全員が人工惑星に行くということではない。予備や調整のための要員が含まれていることは、皆が分かっていた。しかも凡人が選ばれるのだから、日本人としては極力控えめに過ごすのがよいのではないだろうか。英語と中国語が出来て、多少は他のグループと交流しているあの女性は、脱落するのではないだろうか。
そしてメンバー発表の日を迎えた。今までこうした発表はメールで行われたが、今回は全員集めて名前を読み上げるやり方のようだ。そしてそれは、記者会見も兼ねている。
まずは最大派閥の中国人。人口構成的には十五人くらいの配分だが、多様性の観点も重視されているようで、中国人は十人に抑えられた。いくつかあった中国人グループのうち、ある二つから多く選ばれたようで、他の集団は静まり返っていた。次がインド。これも十人。そしてインドネシア、パキスタン、バングラディッシュが二人ずつ。偶数だが、男女比が同じという訳でもなさそうだ。そして日本。野丸だった。名前を呼ばれ立ち上がった時、日本からの取材陣だろうか、フラッシュが一斉にたかれた。こんなに眩しいのか。残る二人をみたが、むしろほっとしているような表情だった。
同時に、人工惑星計画の詳細も発表された。人工惑星の名は「ノア」。「旧約聖書」で有名な、洪水を免れた人物。人工惑星への移住者は、現代におけるホモ・サピエンスのノアなのだ。